令和2年度冬から

 時短営業の終わり(2021/10/28)
 曜日ごとの営業時間に関する説明(2021/10/01)
 しばらく昼下がりほぼ毎日開けます(2021/09/11)
 新学期に際して(2021/09/01)
 自習もうちょっとやります(2021/07/14)
 自習はじめます(2021/06/20)
 モーニングについてなど(2021/05/11)
 離見の見(2021/05/01)
 夜と昼のあいだに(2021/04/19)
 夜について(2021年4月はじめ頃)
 短いの(2021/03/20)
 夜という価値観(2021/03/08)
 エッセイ4(2021/02/05)
 エッセイ3(2021/01/13)
 エッセイ2(2021/01/06)
 エッセイ1(2020/12/15)
 おまけ


●時短営業の終わり(e16、2021/10/28)

 10月25日(月)から時短営業と酒類提供制限の要請が解除されました。夜学バーも夜の営業を始めています。大切なのは声量を抑えることと換気だと思っていますので、しみじみと、空気を常に通すように入口と奥の換気口を開けています。真冬でも寒さと相談しながら続けるつもりです。ちょっといい空気清浄機も買いました。加湿もばっちり。ブランケットも実はあります。
 うるさいのはいやです。といって別にオーセンティックなお店でもないので、適切にお話しを楽しめればと思います。

 素人考えですが少なくとも11月いっぱいくらいまではおそらく、この夏のような感染機運の高まりはない気がします。夜学バー含め、「行くなら今」だと思います。慎重に。静かに。
 危険度(感染確率)の低い時に、ごく控えめに、なるべくめいわくをかけないで、タイミングをよく見計らって、行きたいところにちゃんと行く。ヒットアンドアウェイ、一撃離脱。蝶のように舞い蜂のように刺す。そうやって適度に外に出て、歩いて、花の匂いも嗅ぎ、ストレスをやわらげ、心身の健康を維持していく……というのが、今の東京を生きるのにちょうど良いバランスなんじゃないかと、思っています。
 12月以降、去年と似たような流れになるか、ならないか。それによって年末年始、また長めに休むかもしれないし、休まないかもしれません。ともにご注視くだされば楽しいです。

 夜学バーは幸いというかなんというか、ワーっと人が来て大騒ぎ、みたいなことにはまずなりません。僕は音と光にけっこう敏感でありまして、とにかく穏やかにやりたいのです。でも神妙にもなりたくなし。小気味よく踊り続けていたいものです。
 この一年半でも、新しく通ってくださるお客さんが何人もできました。ゆっくりと友達が増えていきます。遠ざかる人たちもいると思いますが、その人たちは永遠に「潜在的な顧客」ではありつづけ、年に一回でも、3年に一回でも、顔を見せてくれると信じます。

「お店に通う」という行為には、リズムがあります。ある時には週に何日も通ったのに、ある時には半年も行かないでいる。僕は、夜学バーに関してはそのほうがいいと思っています。それは「習慣」ではなくて、「関係」と言えそうだからです。
 毎日必ずここに寄る、というのは「習慣」。常連を育てるということは、習慣をつけてもらうということでもあります。習慣のリズムは一定で、生活の軸になります。そういうお店はそういうお店として、非常に大切なものです。
 一方、「関係」というものは、常に流動的に変わってゆきます。友達でも、よく遊ぶ時期と、そうでもない時期があります。その時に必要だと思う相手と、よく遊ぶものです。長い友達になってくると、だいたい半年に一回くらいとか、年に一回とかなんとなく定まってきたりもします。そうすると、その時期がくる頃に「そろそろ会いたいな」という気持ちがやってきます。
 悩み事の多いときは、古くからの親友と頻繁に遊んで、「なんか私たち最近異様なほど会ってるよね?」ということになりがちだったりして、お互いに忙しい時はぜんぜんそうでもなかったりして。夜学バーもぜひ、そういう存在でありたいわけです。

 よろしければお客さまがた、この夜学バーというお店となんらかの「関係」を結んでいただき、その内実の変化に応じて、訪れたり、訪れなかったりしていただけましたら、それ以上の幸福はありません。
 単に友達がほしいのです。夜学などと殊勝な名を掲げておりますが、実のところとにかくそれだけです。友達とは、それぞれの関係があります。毎週のように会う友達もいれば、数年に一度会って「おー!」と言い合う友達もいます。それを永遠に保存しておくために、20代前半からずーっとこういうお店をやっています。きっと長らく続くでしょう。よろしくお願いいたします。そして、友達がほしい、という単純な欲求をお持ちの方、ぜひともおそるおそる扉を開けて、心の中で「いれて」と呪文をつぶやきながら、おずおずと話し始めてみてくださいまし。


 ところで11月1日は僕(尾崎)のお誕生日です。こっそりとお祈りください。

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●曜日ごとの営業時間に関する説明(e15、2021/10/01)

 あらすじ:9月30日で緊急事態宣言が解除され、10月1日から24日までは「営業時間は5時から21時、酒類提供は11時から20時」という要請内容になります。
 夜学バーはこの範囲内で営業します。ひとまず17日までの予定をつくりました。月曜日はこの時間、火曜日はこの時間という形で、曜日ごとに時間を固定しています。変則的ではありますが、一定のリズムがあります。例外として、10月1日(金)は東京に台風16号が最接近する予報が出ているため、時間を夜にずらしています。

 基本方針は、「そこそこお客は来るが、混みはせず、騒がしくもない」という店内状況をできるだけ毎日実現すること。

 月曜日はもともとお客が多くないので、15時から20時まで。一般に休み明け(労働の初日)だし、まず混まないと思います。テレワークの人やサボりたい人、日中に時間のある人はぜひお昼から。
 もっと早く開けてもいいのですが、あまり長時間だと心身がくたびれるし、感染確率も理屈上増します。また15時からなら僕(店主尾崎)が喫茶店で本を読む時間がつくれて具合がよいのです。
 21時まで開けられるのに20時閉店にするのは色々理由があります。たとえば20時台においでの方との「ビールくざさい!」「惜しい! もう少し早ければ」「そこをなんとか!」みたいなやりとりが避けられます。また、21時近くなったときに「ああ、もうすぐお店を閉めなければルール違反になってしまう」と心配するのもいやなものです。
 もともと僕は「お客を追い出す(お帰りを促す)」ということをまずしません。閉店時間を知らない方にはお伝えしますが、知っているはずの方には「出ていってください」とはほぼ言いません。閉店予定時刻が過ぎて、「そろそろ閉店しよう」と思ったら、まず洗い物などカウンター内部の締め作業をほぼ済ませます。やることがなくなったら、今いるお客さんの食器を下げます。それらも洗って拭いてしまったら、おしぼりや空き瓶やゴミを外に出したり余計な電気を消したり、今しなくても別にいいような掃除をしたりします。そうしているうちに、いつの間にかお会計はどこかのタイミングで済んでいて、いつの間にかお客さんはお帰りになっています。もちろん、それでも誰かが残っている場合もあります。その時はその時です。
 20時閉店にすると、1時間余裕ができます。上記のようなバッファ時間にもあてられるし、20時直前に滑り込んできた人にも一杯くらいはお酒を出せるし、20時すぎにいらっしゃった方にも、コーラくらいは出せます。「もうちょっとこの話を深めたい、このままでは帰れない!」という時も、1時間までは延長戦が楽しめます。この「あそび」の時間が、けっこう大切なのです。

 火曜日も同じ理由で15時から20時までです。昼夜ともにまず混みません。従業員のf氏が申し出てくれたので、5日と12日は18時30分頃に交代します。1日で2種類の夜学バーが味わえる楽しい日です。木戸銭は二重取りしませんのでご安心を。
 夜学バーは現在僕(尾崎)以外の者がほとんど店に立っておりません。いろいろ理由はありますが、そのほうが動きやすい、というのがいちばんです。いつどのようにお店を開けるか、また閉めるか、というのを身軽に決められたほうが、少なくとも今は具合が良いです。コンセプトや方針もブレることがありません。しばらくは、そういうことを深い地点で共有できる人にだけお願いしようと思っております。(そのようなすばらしい新人がおりましたら大歓迎でお願いいたします。大募集。)
 1年半ほどコロナ禍下(ころなかか)でお店をやっていて思うのですが、こういう「待つ」お店を嬉々としてやれる人って、呪いにかかっているようなものというか、取り憑かれているような感じがあります。9月下旬は誰もこない営業が3日ありました。そういう時でもじっと黙って待っているわけです。それはさみしくて不安な時間ではありますが、楽しくてワクワクする時間でもあります。だからそんな日の翌日も、黙ってまた座りに来るのです。一人でも二人でも、お客のある限りは座っております。なんならお客がずっとなくても座っているのかもしれません。そういうふうにしか思えないお店のいくつかが、僕はとっても大好きです。
 徳島に、もうずいぶんお年を召されたママが一人でやっているバーがあります。もう5~6回行っていて、だいたい2時間くらいいるのですが、自分以外のお客をただ一度しか見たことがありません。金曜に行って誰もこなかったこともありました。お客が一人もない日はかなり多いと思います。それでもママは、行くたび絶対にそこに座っているのです。半年に一回しか訪ねず、事前に「行きます」と連絡もしないのに、確実にママは座っています。なんと頼もしいことかと毎度泣きそうになります。ママはもう、決して悪い意味ではなく、店という概念に呪われ、店という空間に取り憑かれているのだと思います。そういうお店は魔力を持ちます。
 僕もいつの間にか、その修行のみちなかにいるような気がします。僕がめざすのは儲かるお店ではないし、褒められる(評価を得る)お店でもありません。ただなんだかわからない謎の魔力の宿ったようなお店です。この道には覚悟が必要です。そんな奇特で滑稽な覚悟のある人、なかなかいないんですよね。いたらおしえてくださいまし。

 水曜日はお昼に別のことが行われているので、18時から20時までという短い時間。上記のごとくバッファは1時間あります。よろしければ。

 木曜日は13時から18時。暗くなったら店じまいです。お仕事しながら飲みたいとか、テレワーク終わった瞬間に酒飲んで締めたいとかいった人におすすめ。もちろん食後のコーヒーでもいいですし、柿ジースなどお酒の入っていない飲み物も引き続き元気です。平日の昼、しかもテレワーク人口は9月よりは減るでしょうから、たぶん混まないと思います。いちばんがらがらかも。

 金曜日も13時から18時。金曜の夜だから飲みに行こう! という方は、夜学バーをぜひ一軒目に。
 いま、僕にとって20時というのは夜中の0時みたいなもので、21時は夜中の2時です。本当に、金曜日になるとテンションが爆上がりする人って、そうじゃない人からするとびっくりするくらいたくさんいますので、「そこそこお客は来るが、混みはせず、騒がしくもない」という状態をめざす当夜学は、念のため早めに終わります。
 しかし、繰り返しになりますが10月1日は台風予報のため、夜までやります。だって台風の予報があると人がこないのですもの、いつも。でも僕は呪われているので、来てずっと座っていて、誰もこなくても合羽着てぬれながら自転車で帰るのです。

 土曜日は12時から16時まで。土曜日も元気になる人は元気になるので、金曜に暴れ回った人の疲れが抜けないうちに閉めます。そして喫茶店に行ってまんが読みます。

 日曜日は15時から20時。日曜の夜は昔も今もお客が少ないので、夜までやってみます。15時からだとタイミング次第では夕方あたりにそこそこ人が入るかもしれません。と思ったらぜんぜん誰もこないかもしれません。日曜は、実はいちばん「読めない」曜日です。日曜夜の営業は、なんだかゾクゾクして好きです。イレギュラーなことが起こりやすい。

 だらだらと関係ないようなことも書きましたが、ともあれ、がんばって「そこそこお客は来るが、混みはせず、騒がしくもない」という状況を常に実現できるよう、力を尽くします。(といって、スケジュールを組んだ時点でやれることの7割くらいは終わっている気がします。)

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●しばらく昼下がりほぼ毎日開けます(e14、2021/09/11)

 前回「ある程度リズムをつけたい」と書いたとおり、9月13日以降しばらく「14時から17時」にほぼ固定し、店主尾崎(Jacky)が営業します。ただし水曜日のお昼は別の方にお任せしております(「いまから夜間学校」)。また19日(日曜日)は事情により例外で18時から20時まで。
 3ヶ月弱ぶりに自習を廃し「従注文課金」の通常営業のみに。入場料こと木戸銭が1000円(奨学生以下は500円以下)、ドリンクは500円から。
 ひとまず30日までにしていますが、おそらく10月末までは(お休みはやや増えるかもしれませんが)似たような感じにすると思います。

 自習をやってみて、思ったよりはお昼においでくださる方は多く、また17~18時ごろにお帰りになる方が多いことも観測できました。たいていのお店が20時までに閉まるため、それまでに外食やテイクアウトを済まそうと思えばそうなるのでしょう。またTOHOシネマズ上野はいま21時までに終了しますので、最終が始まるのは19時前後。そういった事情もありそう。
 僕も、営業を14時から17時までにすれば前後に買い物もできるしコーヒーも飲めます。20時までにすると、その後何もできません。ちょっと窮屈だなと思うわけです。
 とはいえ、基本的にはお店のあと予定はほとんどないので、17時までにすべりこんでいただければ30分か1時間くらいは(お片付けしながら)お相手させていただきますし、「17時20分くらいまでいてもいいですか?」というご要望にも可能ならお応えします。そういうバッファや柔軟性が個人店の強み。営業時間を20時までにすると、このような延長ができなくなります。(20時以降営業しないと決めている場合)
 9月9日にお花が届いたのでお世話をしなければならないし、新聞も毎日きています。週に数日長時間営業の日をつくるより、毎日少しずつ開けていたほうが都合がよいのです。自転車通夜学なので移動中の感染リスクはほぼないし、心身によい気もします。
 これから夜が寒くなりますので、昼営業に向きます。空気も入れ換えやすいし、多少は暖房代の節約にもなるはず。

 もし去年と同じような流れになるとすれば、9月、10月はこの夏ほどの感染の波は来なさそうに思えます(来たらまた考えます)。一方、11月以降には爆発する可能性が高く見えます。そうしたら僕はさらに慎重になりますから、また状況を見つつ小刻みに営業形態を変えるようになるでしょう。夏よりも室内リスクは相対的に高いと素朴に考えています。とりあえず高級な空気清浄機を買い足しました。
 もちろん来客数は見込めません。0名の日もあるでしょう。でも、冬になったら毎日お店を開ける気にならないかもしれません。今のうちにやっておきます。こうふうにしたら、いったいどんな人が、どのくらいいらっしゃるのか。それはどのような場になるのか? そういうことが楽しみで、実験のようにやっております。そしてその時間に、僕を含むその場の成員に、何らかの学びが実れば言うことはありません。それを目指してやっていきます。
 11月ごろに、酒類提供や営業時間の制限が緩和されるようです。おそらく「酒類提供や営業時間に関しての協力金や罰金等が(条件付きで)なくなる」ということなのでしょうが、詳細は不明。ともあれその頃には夜の街はだいぶ元気になるでしょう。その頃、夜学バーはどうしよう? もしかしたら、もっぱら昼間にお酒を出すお店になるかもしれません。夜は怖いので。昼下がりの営業なら、お酒を飲んで出来上がってから来るお客は少ないだろうし、多少飲んでも夜ほどはテンションが上がらないんじゃないかと思います。昼に飲むと、静かにふつふつと昂ぶってくる感じがありませんか? いや、それも人と場によるのでしょう。そういう人と場で、なんとか。
 今のところはちょっとそんなことも頭に浮かんでいます。

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●新学期に際して(e13、2021/09/01)

 新学期の始まる日は地方ごとに異なるし、同じ地方でも学校ごとに差があったりする。ましてや今は、夏休みを延長する自治体や学校もけっこうあって、「新学期は9月1日」というのは一部の人の刷り込みに過ぎない。
 それでも8月31日には確かな「終わりの存在感」があるような気がする。「31日まである月」が年内に連続するのは、7月・8月だけなのだ。この膨らんだ62日間を締め括る8月31日は、プチ大晦日という風情を僕は感じる。
 また8という数字は∞と形状が同じで、ぐるぐると終わらない連続体のイメージを持つ。一筆で永遠に描き続けられる数字はゼロと8だけである。だからなんだという程度のこじつけだけど。夏や夏休みが終わらないとか終わってほしくないと思われるのだとしたら、その辺の事情も少しはあるんじゃないかしら。9月に入るとスコーンと抜かれる。そしてクールな秋がやってくる。今日の気温は14時でも22度くらいで、ちょっと寒い。また暑くはなるのだろうが、夏の熱はいったん冷めそう。

 6月下旬から夜学バーでは「自習」を始めております。木戸銭(1000円。奨学生以下は〜500円)だけお支払いいただき、持ち込み可能、注文も可能。これによってドリンク作り、提供、食器下げ、洗い物などがだいぶ省略でき、お客さんとの物理的距離をほぼ常に確保し続けられる。扉を大きく開けて換気扇を常時回しているので、空気の流れもかなり良いはず。宣伝活動を縮小(具体的には、SNSをあまり使わずにホームページ更新を重視)しているのもあってか、ここ3ヶ月間くらいはだいたい0〜3名の来客がほとんどで、合計4名以上の日でもたいていタイミングはズレるので、まず混まない。もうちょっと増えると嬉しいな、というくらい。
 この夏は数名の従業員にお手伝いいただいていた。ただ、お客さんの心理として「よく知らない人の日は足が向かない」というのは当然あるし、新しいお客さんはそんなに多くないので、ごく静閑な日も多かった模様。普段なら「ぜひ新人の日に行ってください!」とキャンペーンするのだが、また別の考え方が必要なのでしょう。思案中。精力的に登板してくれていた人は外国に渡ってしまったし、しばらくは店主(尾崎)の立つ日がほとんどになると思います。よろしくお願いいたします。
 開店日は不定期になってしまっておりますが、まだ予定を出していない9月13日以降はある程度リズムをつけたいと思っております。「自習」形式を続けるか、通常営業にするかは状況を見つつ。

 1年半ほど前から言っていることですが、夜学バーというお店が営業を続けるのは、そのこと自体に意義があると考えるからです。最初の緊急事態宣言の時は、腫れ物だらけのひっそりとした世の中で、小さなお店が灯りをともしていることが誰かにとって希望になると信じて営業を続けましたし、実際のちに感謝のお言葉をいただくこともありました。年末まで一日もお店を休まなかったのは正しい判断だったと思っています。ただその先は、というと、ちょっと難しいところがあります。
 2020年の4月、5月は、本当の多くの人たちが「自粛」として外出や遊びを控えておりましたので、17時から20時まで毎日お店を開けていても(その頃はお酒も提供していました)、お客は0〜2名ほど。1日に1人でも来れば御の字でした。しかもどこか罪の意識とか、SF的非日常感を背負って、特別な気持ちでやって来るのです。「それでも誰かと話したい」とか「一人でいたら狂ってしまう」と強い気持ちで思う人が、場合によってはすがりつくように、夜学バーに来てくださっていたという印象があります。都内の日々の感染者数は、最大で206人(4月17日)でした。
 本当にほかに行くところがなかったのだと思います。僕も行くところがなかったので、自分のお店を毎日開けていたのかもしれません。友達同士で顔を合わせることさえ憚られた(もちろん文化圏や個々の考え方によりますが)時期です。
 ところがいつの間にか、外で人と会うことはある程度当たり前になっております。ヤガクバーなんかに行かなくても、どこにだって行けるところはあります。そういう意味では、もう僕ごときが偉そうに「灯りをともそう」なんて思い上がれる時期はとっくに過ぎています。2020年の夏、秋、冬と少しずつ、人々は恐る恐るではあっても外出することに慣れ、お酒を飲みに出ることも増えていきました。それで僕も年末年始は思いきり休み、そのあとは「休み休み」営業することにしました。お休みの日を増やしたり、モーニング営業をやってみたり、「自習」にしてみたり。

 この7月末から感染がものすごく拡大し、市中のリスクが高まっていて、しかも「行けるところ」がいくらでもあるという状況において、夜学バーというちっぽけなお店が営業を続けることに、どんな意義が見出せるか? それが、先に書いた「難しい」ところ。

 夏休みの終わりを夜学バーで飾ってくれた若者がたった一人でもいてくれたようなことが、十分にその意義だとは誇りを持って言えます。行ける場所がいくらでもありながら、その中で「ここ」を選んでいただく、という、本来当たり前だったことが単純に戻ってきたというだけなのかもしれません。とすれば、ただ本来当たり前にすべきことをするだけで良いのでしょう。夜学バーに来れば得をするような人に来ていただく、それのみ。(ただ、感染リスクと感染拡大リスクをできるだけ抑えながら、というのが追加されるだけ。)
 夜学バーは何よりも「学ぶ」ためのお店。具体的には、扉があって、その先に人がいるというだけのお店。普通のお店と違うことがあるとすれば、「学ぶ」ということを意識しているかどうか、というだけ。意識しているからといって、特別なルールや行動様式があるわけではなく、ただ心の中で意識しているだけ。そういう場所を求めている人に来ていただくというのが、このお店とか、僕の考えていることの原点。

2021/08/31火 13−20
 13時過ぎに高1来る。18時過ぎに帰る。その他お客なし。考えてみれば今日は平日だったのだ。しかも夕方からは雨。普通の人は来ないですね。わざわざ31日に長丁場で開けたのは、東京では今日で夏休み終わりという学校がほとんどのはずだから。高1の子も「夏休み最後なので家にいるのが嫌で」みたいな意味のことを言っていた。その意味ではよかったが、5時間ずっと二人であれこれ話すだけの時間になった。
 ちょっと前、ある高校で非常勤講師をやっていた。夏休みは出勤しなくても良い(給料は他の月と同額出る!)のだが、わざわざ講師室の前に「この日は出校してますので用がある人はきてください」と張り紙をした。週に2、3日くらい用もないのに学校に行って、自己推薦書とか志望理由書とかを手伝ったり、たまたま来ていた生徒とただ雑談したりしていた。たぶん、僕と雑談するのを主目的として学校に来て、ついでに勉強をしていたような子もいたはず。振り返れば、学校をお店のようにしていたのだとも言える。どこにいても、やることはだいたい同じなのだ。
 9月も、夏休みに講師室で待っていたように、夜学バーはたびたび開かれ、なんの用もなく僕はボケーっと座っております。張り紙はトップページに。気をつけておいでください。
(「日報」より一部引用)

 講師室の張り紙を見て雑談しに来る生徒は、別に「学ぼう」だなんて思ってはいない。ただ暇つぶしとか、楽しいからとかいう理由でやってくる。僕のほうも「何かを教えよう」とか「伝えよう」なんて思ってはいない。ただ楽しい時間を過ごすだけ。だけど「学ぶ」ということは絶対に意識から消えない。教員だからとか、教育者だからとかいう話ではなく、たぶんそういう性格だから。生徒たちはそういう性格をきっとどこかで嗅ぎ取っていて、だからこそきてくれる。学ぶことは目的ではなく、成果でもなく、意識とか雰囲気とか、そんなところで十分なのだと思います。


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●自習もうちょっとやります(e12、2021/07/14)

 7月12日から8月22日までは緊急事態宣言、5時~20時内の営業でお酒は出ません。
(追記:8月31日まで延長になりました。→9月12日まで延長になりました。)
 自習についてはエッセイ11に詳しいですが、いろいろ事情が変わりましたので改めて。


【7月12日~8月22日(→31日→9月12日)までの自習ルール】
・木戸銭(入場料、チャージ)は1000円、奨学生以下は自己判断で500円または応相談。入り口の箱にお入れください
・飲食物の持ち込み可(お酒はNO)
・使い捨てコップ、割り箸、紙皿、氷と水などはご提供できます
・カウンター内に店員がおります。ご要望があれば承りますし、世間話等もぜひ
・コーヒーなど通常メニューも注文できます(お酒はNO)
・生ゴミはお持ち帰りいただけると助かります、ビニール袋さしあげます
・Wi-Fiと電源あります



 自習というからにはもちろん勉強、仕事、読書等にもご活用いただけますが、夜学バーにおける「学び」というのは、空間を誰かと共有し、言葉のやり取りに限らない各種の積極的・消極的な交流によって得られるものと考えております。ゆえ、黙々と個人の作業をこなすだけが「自習」ではなく、世間話をしたり、なんとなく互いに意識し合ったりすることも当然「自習」というふうに僕(店主尾崎)は捉えております。

 自習というスタイルにする理由は、エッセイ11にも書いたとおりまず店主(店員)負担の軽減と感染リスクの低減。そして、「そういうふうにしたらどういうことになるだろうか?」という実験でもあります。6月から7月にかけて自習を11日間行いましたが、来客は延べ27名で1日平均2~3名。(重複を省けば17名でした。このあたり詳しくは日報を。)木戸銭のベース額を500円にしておりましたので、ほとんど利益にはなりません。

 今回木戸銭を「500円以上」から「1000円」に変えたのは、やはりあまりにもこれは儲からないぞ、という判断でもあるのですが、また別の理由もあります。
 自習をご利用いただいた方から、「自分が何にお金を払っているのかわからない」「脳がゴー(お金を払っていいぞというサイン?)を出さない」といったご感想を賜りました。おお、それこそ前回のエッセイに書いた以下の文章に関わることかもしれません。

《今回の「自習」は、ある意味、夜学バーから「バー」の要素をかなり削り取るものです。結局このよくわからない「夜学」とはなんなのだろうか、というのが、少しでも浮き彫りになれば。》

 自習の場合、席につくと、とりあえずおしぼりは渡されるものの、その後当然行われるべき「注文する」「商品が届く」「会計する」といった流れが発生しません。もちろん注文することも可能なのですが、しないことも可能なので、放っておいたらいつまでもそこに座っているだけということになります。水すら来ません。飲み物を飲むことも必須ではありません。木戸銭は先払いなので、何もせずただそこにいて、いくらか時間が経ったら黙ってそのまま帰る、ということも可能なわけです。
 これは飲食店としてはあり得ないことで、自習というのは夜学バーをいったん、飲食店ではなくす試みだとも言えます。
 飲食店ではなくなっても、夜学バーが一つの空間であり「場」なるものだということは変わらないので、そこで起こることは「飲食物が出てくる」ということ以外は同じになるはずです。でも、本当に同じになるだろうか? という実験を僕はしたいのかもしれません。
 脳がゴーを出さないということは、夜学バーはあくまでも飲食店という要素が強いということだし、ゴーを出すならば、夜学バーは飲食店でなくても成立してしまうということになるのかもしれません。そのあたりのことはぜひ、自習期間が終わったら、あるいは自習中にでも、いろんな方から伺ってみたいと思っています。

 そして僕は反省いたしました。件の方の脳がゴーを出してくださらなかったのはたぶん、木戸銭を「500円以上」と下げて、夜学バーの夜学としての機能を一部削ったように見えてしまった(そして僕の意識も少しはそのようになっていた)からではないかと思うのです。
 自習という言葉から想像されるのは、やはりどうしても「黙々と作業をしたり本を読んだりする」という光景で、僕もそういうイメージをやや強く持ちすぎていたのかもしれず、その片鱗はエッセイ11にも見えます。しかし夜学バーが夜学バーらしくありたいのならば、堂々と「ここは複数の他人が一つの場を共有することそのものが売り物であり、その中では言葉による、または言葉によらない、あるいは無視や断絶による『交流』が前提となります。自習でもそれは同じです」と言わなくてはならなかったのです。
「500円以上」というふうに額を下げたことについて僕は、「フルサービスではないから」という言い方をしていましたが、結果的に「本来するべきサービスまで削ってしまっていた」可能性があります。僕は怖かったのかもしれません、たかだか飲食物を提供しないだけで、夜学バーの夜学としての機能が落ちてしまうことを。その言い訳として額を下げたのだと思います。
 この期に及んで自信が持てないようではダメだな、と思い直し、今回はせいぜい堂々とやろう、ときっぱり「1000円」にしました。よろしくお願いいたします。

 と、いうからには、このたびの自習は「飲食の提供以外フルサービス」で行います。と言っても、特に何がどうということもありません。いつも通り静かにやります。ただ僕が「自習」という言葉に引っ張られないように意識するだけです。みなさまは何をしたって、しなくたってかまいません、公共の福祉の守られる限り。
 それにしても、お酒も飲めないのに、この場に1000円を払ってくださる方がどれだけいるでしょうか? いや、どうしても飲みたい方は近所のファミマでビール買って階段の踊り場とかで飲んでから来店してくださったりするのでしょう。僕もお金がぜんぜんなかった時は、バーに入る前にスーパーで本搾りとか買って飲んでました。でもそういう問題ではないですよね。お酒の力もなく、グラスの音も濡れるコースターも何もない。ただ人間がいてモノがある。脳はなんて言うでしょう。ゴーと言わせられるかどうかが、このお店の品質の証明となります。がんばります。


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●自習はじめます(e11、2021/06/20)

 スケジュールに「☆自習」とある日は、16時から19時まで自習です。やむをえず時間を変更する場合はこのページとTwitter等にてお知らせいたしますが、できる限り統一します。
 この時間、お店は開いています。僕(店主尾崎)がカウンターの中にいます。ただしほぼ働かず、本を読んだりPCを使ったり、ものを飲んだり、もちろん話したりします。
 木戸銭は「500円以上」とします。フルサービスではないので。余裕のある方は1000円くらいだと嬉しくはあります。それがそのままいわゆる「客単価」となり、それ以上の支払いは原則発生しません。入り口に箱を置いておきますので、入店時に投函をお願いします。
 飲食物はお持ち寄りください。使い捨てカップや氷、水くらいは用意がありますので、大きな(または重たい)ものでもかまいません。もちろん分け合ってもよいです。割り箸や紙皿もあります。ただし生ごみはお持ち帰りを。ビニール袋さしあげます。
 お酒を飲まれる場合は2名以下でご来店のうえ、滞在時間は90分以内でお願いいたします。(未来人のために書き添えておきますと、東京都からそのようにせよと要請があったのです。)
 コーヒーやお酒など、お店のメニューを注文することもできます。その際はキャッシュオン(その都度会計)とします。使い捨てカップなどで提供する場合もありますのでご了承ください。「雪国」「サバン」などについては原作へのリスペクトを込めて所定のグラスを使うと思います。
 Wi-Fi、電源、東京新聞の朝刊と夕刊、さまざまな本などがあります。夜学バーにある本をゆっくり読む絶好の機会でもあります。僕も『死神くん』を全巻読み返そうと思っています。
 もしも僕の蔵書をあるていど把握していて、その中に読みたい本があるなら、家から持って行きます。
 完全撤収は20時。19時の時点でお客がいなければ閉店します。19時以降はお酒を開けたり注いだり提供を受けたりできません。

 以上のことは紙に記し、店内の木戸銭箱の近くに掲示します。
 初めての方を(お行儀悪くなければ)大歓迎いたします。


 なぜ急にこんなことをするのか。
 実はそう急ではなく、話すと長いのですが、かつて僕はこれに近いようなお店をやっていました。

 すでにどこかに書いたことではあるのですが、ずいぶん昔に僕は新宿のゴールデン街というエリアのあるお店(喫茶と名のつくバー)で毎週木曜日に「週替わり店長」を務めていました。たしか23歳くらいで始めたので、もう10年以上前。5年くらいやったと思うのですが、事情により辞めて、別の場所に移りました。伝説の「尾崎教育研究所(おざ研)」です。その看板は夜学バーの玄関先にこっそり置いていますので、見覚えがあるかもしれません。
 西新宿の外れ、取り壊し間近の格安物件。エレベーターのない4階建て雑居ビルの、最上階の、一番奥。隠れに隠れた秘境でした。そこに前のお店とまったく同じ寸法のカウンターを自作(友達二人に手伝ってもらいました)。塗装はしませんでしたが間接照明にしたらそれなりにバーっぽく見えました。椅子はアマゾンのウィッシュリストからお客さんに一脚ずつ買ってもらって、今は夜学バーの隅っこにひっそり立て掛けられています。冷蔵庫はじめ家具一式はちょうど引っ越しを控えた友達などから譲ってもらったりしてまかない、初期費用はほとんどゼロ。ベッド(?)や巨大なスピーカーもタダでもらって、自転車や台車で運んだものです。やー、こんな想い出はいくら語っても語り尽くせません、詳しくはお店で!(詳しくはWebでの逆。)
 さてお店とは言っても、そんなところでは保健所の許可が出そうにありませんし、ほかにも手続きは多そうだし、飲食店として開業したら税金の申告も複雑になる気がします。そこで「お店じゃなくて、ただの場所ということにしよう」ということで、「研究所」という名が付いたわけです。
 みんなにお酒などを持ってきてもらって、みんなでそれを分け合う。余ったら冷蔵庫に入れたり、カウンターに並べて保管する。また翌週にそれを飲む。僕が用意するのはコップと氷くらい。入場料(木戸銭!)として1000円くらい(アバウトでした)もらって、毎週木曜日のみ、19時から朝まで営業。1回につき10人くれば家賃が払える計算でした。42000円だったので。多少赤字が出たとしても、自分が飲みに行くと思えば安いもの。それに赤字が出たほうが税まわりは楽なので、趣味として本当にちょうどよかったです。
 金土に開けていればもっとお客があったのかもしれませんが、木曜だったからこそ良かったのだとも思います。お客さんたちは木曜になると「あ、木曜だ」と思ってくれていたそうです。行くか行かないかは別として。

 2年9ヶ月で立ち退きとなり、「おざ研」はなくなりました。その後、同じようなことを主に野外でやる「ランタンzone」を経て今に至る、ということになるのですが、実はその最初期には、夜学バーでも時おり「木戸銭+持ち寄り」という「おざ研システム」を採用していたのです。すぐにやらなくなったのは、まだ僕が「夜学バーとおざ研システムとの折り合い」をうまくつけられなかったから。それから4年、ようやく「自習」という形でその融合を試してみようと思います。
 それにしたってなぜ今なのか? というと、やはり「飲食店でお酒が飲めるようになるから」です。ここで単純に「元に戻す」ということにしたくないのが、遠心的な僕の手癖。それに、いきなり「お酒! 飲めますよ!」とだけ言ったら、「ヤッター」って思った人たちがワーッと押し寄せ……ないか、夜学バーの場合は。売れてないし……。でも世間はけっこうそういう雰囲気になると思います。うちは多少でもブレーキをかけたい。それで「自習」なんて言葉を使って、ややこしそうなことをこうして書いてみています。
 それとけっこう大きいのが、「僕、ちょっぴり忙しい」というシンプルな事情。片付けやゴミ捨て、仕入れなど営業以外の業務が少しでもカットできれば、ずいぶん楽になるなと思ったのです。また夜学バーの構造上、お客さんに物理的に近づくのはドリンクを作るときと出すとき、そして洗い物をする時で、その時に感染リスクは(あるとしたら)やや上がります。「自習」スタイルにおいては、基本的にそれらの時間が発生しません。ただ、「サバン飲みたい!」といったご注文は超嬉しいです、ぜひとも。あれ作るのも飲むのも大好きです。サバンは900円ですがアルコール量が非常に多く(ウィスキーダブルくらい)、それなのに飲みやすく、水分もけっこうとれるので、ハイボールを二度頼むよりいろいろな意味で効率が良いと思います。(完全フルサービスだとちょっぴり大変というだけで、何もしたくないわけではないのです。)

 最後に、何より大事なのは、たぶん僕が本当にやりたいのは「そっち」だというのがあります。おざ研をやめるときには、あのスタイルの限界がもう身にしみていて、「次に何かやるのなら、お店としてやろう」と決めていました。いま夜学バーを4年以上(おざ研より長い期間)やって思っているのは、「次に何かやるのなら、飲食店じゃないかもな」です。まだ「かもな」ではあるのですが、いわゆる「飲食店」というだけでない存在をもっと具体的に探っていきたい、というのが今の心情です。夜学バーというお店も、いわゆる普通の飲食店ではない自負がありますが、さらにもっと不可思議な形にしていけたらなお良いなと思っています。
 今回の「自習」は、ある意味、夜学バーから「バー」の要素をかなり削り取るものです。結局このよくわからない「夜学」とはなんなのだろうか、というのが、少しでも浮き彫りになれば。
 ともあれ、L字あるいはV字のカウンターがあって、その中で自分が待っていて、少しずつ増減するみんなと一つの流動的な場を共有する、というのはたぶん、ライフワークのようになっていくでしょう。ただ過去を振り返れば、それは週1でもいいのかもしれません。(本当は僕みたいなのが7人いてほしいのです。)


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●モーニングについてなど(e10、2021/05/11)

 5月31日まで「5時から20時まで、酒類提供なし」の要請が延長。
 応じてスケジュールを立てました。
 前年末に開店以来初めて「休み」を作って以後、「休む」という文化が僕の中にもようやく芽生えてきました。チラホラと休みを入れています。ご確認ください。
 それ以外は、以下のようなリズムです。

・月木→15時から18時までj(店主)
・火→のめみ氏が担当 19時から20時の日と、15時から18時の日あり
・水→昼はさちあき氏管轄、18時から20時までk氏
・金土日→10時からモーニング jの場合は13時まで、のめみ氏(奇数土曜)の場合は15時まで
・13木、14金、24月、27木、28金はお休み

 朝営業が楽しくなってきました。とくに小さなお子さんを連れて来てくださる方もいるのが嬉しいです。朝はまだまだ需要が潜在していると思うので、もうちょっと続けてみます。ペリカン(台東区寿)のパンに井村屋(三重県津市)のゆであずきを載せた小倉トーストと、コメダに勝つために添えているかんたんなサラダ。ここにヨーグルトとバナナでも加えれば愛知県で出しても恥ずかしくないモーニングになります。値段は数倍しますけど。
 ペリカンのパンが一斤430円で、湯島の某喫茶(僕が月に2度ほどペリカンを届けている古いお店)にならって4枚に切るので1枚108円くらい。ゆであずきは一缶250円、4枚でほぼ使い切り75円。ゆでたまごは一個25円として、バター、サラダ、ドレッシングを考えると……夜学モーニングは材料費だけで250〜300円くらいになるでしょう。ロスを考えるなら、とても300円じゃ済みません。
 ひとまず300円として、いわゆる「3割原価」の法則を機械的に適用しますと1000円相当となり夜学バーの木戸銭にちょうど一致します。奨学生の場合はなんと原価6割!
 そう計算してみると、意外と普通(?)のお値段なのです。みなさまどうぞおいでください。「井村屋のゆであずきは430gを買え! 200gだと原価が高くなって当たり前だ!」という声も(主に僕の内心から)聞こえてきますが、ロスを考えると200gがたぶん妥当。平均2名くらいしかお客がないし、モーニングも毎日やっているわけではないので……。
 ところが似たような内容のモーニングをコーヒー付きで400円や500円で出している喫茶店はたくさんあります。僕のよく行く某店は、朝から晩まで一日中モーニングを実施しており、コーヒーにバタートースト、ゆでたまご、たまにいちごジャムをサービスしてくださって250円という破格。23区内ですよ! さらに週刊文春、漫画アクション、ビッグコミック、ビッグコミックオリジナル、スピリッツ、新聞ほかさまざま読めます。テレビとBGMが同時にかかっています。混んでいたり回転が早いわけでもなく、お客さんのほとんどは近所のお年寄りとおばさんたち。若い人はほとんど見かけません。(だいたい僕が最年少。)

 学ぶところ「喫茶店が儲かるわけがない」。ほぼ慈善事業に等しい「あのお店たち」を僕たちはいっそう大切にしていかなければなりません。テナント料やバイト代を払ったうえで成立するのは繁華街やビジネス街など好条件に恵まれたごく一握り。現存する「喫茶店」は持ち物件で家族⇔従業員という場合がほとんどでしょう。飲食店は、いや、全ての「お店」はそれらによって明確に区別できます。地代と人件費とで。もちろん、神戸元町の喫茶「ポエム」(お友達です)など営業努力によって地代と人件費を払いつつ黒字を出している力強いお店もありますが、立地と伝統を活かしつつ、他店との差別化、ブランド化などにも成功し、かつマスターの手腕が優れているゆえです。よほどの才覚がなければ難しいのは間違いありません。

 はっきし言って、月に10万の家賃(更新料等を含めた固定費は全体で15万近く)を払っている席数8で無回転の夜学バーは普通にやっても儲かりませんし喫茶営業で黒字にできるわけもございません。僕は二流目半(2.5流)の自称芸術家であってビジネスの才はまったくないです。感染拡大防止協力金様のおかげで道楽同然にモーニングなぞを試みられているというだけです。(こういうことは正直に言わねばなりません!)
 ただ向こう数年間、数十年間のことを考えると、夜だけでなく朝や昼にもお客さんを呼べる可能性を試しておくことは非常に大事だと思っています。僕もどんどん年老いていきますし、夜は若い人に任せて、店主はいつも朝にだけいてトーストを焼いている……みたいなのに憧れもします。いわゆる二毛作、三毛作を同じ敷地でやってようやく黒字になるくらいのことしか、僕にはできない(今のところはその発想がない)もので。
 また、朝や昼に「夜と同じ料金、同じシステム(モーニングは趣味なので例外ですが……)」で営業することも個人的には大切なこと。夜についての「常識」をできるだけ排して、朝昼夜の本質的な部分によく目を向けたいからです。たとえば「夜は高い、昼は安い」というのは単に「お金の問題」、もっと言えば需要と供給の問題なんだと思います。そんなこととは関係のないところで、朝や昼や夜と付き合っていたい、というわけです。フラットに。時間を愛していますゆえ。

 モーニング営業は、今のところ「誰も来ない」ということはあんまりありません。「開けていれば人は来る」というのが、僕は本当に好きです。たとえば知らない土地に行って、なんだこれは? これが店なのか? というような怪しげな扉を発見して、勇気を出して開けてみると、誰もいない店内に一人、小さなおばあさんなんかがいて、お水なんか出してもらって、っていうような体験が何よりも好きです。それは「開けていた」おばあさんと、「開いていたから入った」僕との、約束が果たされた瞬間です。それを「再会」とも言います。


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●離見の見(e9、2021/05/01)

 5月6日から11日までの予定をちょっと変更しました。当初はe8に書いたとおり平日(6日、7日)は「15時から18時」、翌日が平日にあたる日曜日(9日)は「17時から20時」という予定だったのですが、6日を「11時から12時」、7日を「9時から11時」、10日はf氏に日中入ってもらって僕(j)はお休みに。あとは変更ありません。
 ゴールデンウィークは思ったよりもゴールデンウィークで、緊急事態宣言は思ったよりも緊急事態宣言でなし。どちらも予想の方向性は合っていましたが、程度は上を行きました。思ったより人々はずっと逞しい。
 世間には「世間の波」というものがあり、そこに乗ってしまうとものごとが精確に見えにくくなる、と常々思っています。乗る楽しみや、乗ったからこそ見えてくるものもあるのですが、今回は乗らないほうにします。「精確に見る」ということのほうを重視したいゆえです。それに、朝の営業から見えてくるものも非常に面白いので。
「今回は」と書きましたが、夜学バーというお店は「乗らない」が基本です。最近読んだ本によると、古典を紐解く意義とは「自分自身を現代から隔離すること」。海外に行ったら人生観変わったー! みたいなもんでしょうか。海外に行かなくても、古典を読むとか、あるいは「時流(世間の波)」からあえて外れてみたりすると、似たような効果があると思います。
 ちょっとぼんやりした書き方になってしまいましたが、要するに夕方と夜の営業を減らし、朝(モーニングつき!)を増やします。その理由は、時流からあえて(さらに)外れるためと、単純に安全のためです。ちなみに6日が「11時から」とやや遅めなのは、10時くらいから某所で販売が始まる「ペリカン」の食パンを買っていくので。すなわちこの日は焼きたてを召し上がれます。
 こうは書きますがしっかりとお待ちしております。


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●夜と昼のあいだに(e8、2021/04/19)

 おさらいです。初めての時短要請は2020年4月11日〜5月25日、20時まで。〜6月11日、22時まで。〜6月18日、24時まで。8月3日〜9月15日、22時まで。11月28日〜2021年1月7日、22時まで。〜3月21日、20時まで。〜4月11日、21時まで。〜5月11日、20時まで。
 夜学バーは昨年12月22日を最後に、しばらく昼営業を中心にしております。「昼から」でなく「昼だけ」を。時にはモーニングと称して朝に開いたりもしつつ。

 暮れからずっと「夜と昼」について考えています。感染者数が上がり続けているのは多くの人が夜に集まって騒ぐからだと僕は信じています。加えて、まるで夜のような気持ちで昼間に集まって騒ぐからだとも思います。アメ横の飲み屋はここ数ヶ月、昼夜問わずどんちゃん騒いでいます。
 夜に路上でお酒を飲む人たちも急増しているとニュースで見ました。あったかくなってきたし、お店がやっていなくてもコンビニさえあればむしろ安く飲めるわけです。それで開放的な気分になって騒ぐ人も増えたでしょう。
 もちろん夜のもつ顔は「騒ぐ」だけではありません。夜はそもそも静謐な時間。1年前の今ごろなら、まさにどこへ行っても静謐だけがあり、上野公園は貸切状態、銀座には地平線が見えました。
 今は、ふたたび人類が夜を征服しています。同じことは繰り返すかとリベンジのように、文明は自然を駆逐していきます。レコンキスタに追われるごとく夜から逃げ、それで昼営業にしたのでした。騒ぐ夜に加担するのも、殴られるのもいやでした。
 騒ぐ夜はもう、夕方くらいまで領土を広げています。その分は前倒しになり、真夜中だけは静かです。

 3月から「13時から16時」を中心に無休で営業してみました。お昼を食べてからお店に行って、終わったらちょっと喫茶店など寄って帰れて快適でした。そうこうしていたらお手伝いしてくださるという方も現れ、スケジュールには「j」(尾崎)以外の名もいくらか並んでいます。
 やってみて、「13時から16時」というのはまだまだ「昼」だということがわかりました。小学生、中学生、高校生、小さい子を連れた方、有給休暇の人、リモートワークの人、休職または求職中の人、仕事をサボってやってきた人など、「昼」ならではの面々と多く向き合いました。来客数はかなり少なかったですが、非常に楽しく、充実した時間でした。平日の昼は全然ダメ、ということはなく、開けていれば誰かしらおいでくださるものです。13時から16時の営業で来客が完全にゼロだったのは一度だけ、金曜日でした。金曜の主役はやはり依然として「夜」なのでしょう。
 昼営業のめあて(ねらい)はいくつかあって、たとえば「昼に夜学バーへ行く」ことがお客さんたちにとって当たり前になれば、将来にわたって早い時間の来客が見込めるようになります。「昼しかやってない」となれば「無理にでも昼に行こう」となり、一度行ってみれば「なんだ、昼にも夜学バーに行けるし、行ったら楽しいもんじゃないか」と思ってもらえるはず、という展望。かつて平常は17時から営業していたのですが、やはりどうしても20時くらいまでは来客がごく少なく、どうしたもんかと思っていたのです。「昼」が定着すれば17時と言わず15時くらいから開けておくことも視野に入ります。
 晴れの日は明るく、雨の日は憂鬱。なんてイメージと同様に、バーは夜、という気分はどうしてもあります。それを取り除けたら、昼夜問わず楽しい時間がここで過ごせるはず。時間差別がなくなります。「昼は安く、夜は高い」という価格設定も避け、昼だろうが夜だろうが同じ料金にしているのも、時間による区別を最終的にはなくしたいと思っているゆえです。(「一つの時間の中にあって、幾億も重なる昼と夜(よ)」なんて歌もありました。)
 すなわち夜学バーは、「夜の店」でもなければ「昼の店」でもないつもりです。最近はちょっと「昼」のほうに針を振りすぎたかもしれません。そこで4月22日からは、「15時から18時」を中心に据えてみます。昼と夜の、ちょうど中間。そこをしばし、夜学バーのコアタイムにします。日も長くなってきたことだし。

 ところが、一方、いま土日祝の昼間はほぼ「夜」です。近隣の酒場からもギャハハと楽しそうな叫び声がよく聞こえてきます。どこへ行っても人だらけだし、浮かれ騒ぐ人たちも多く見かけます。土日祝に関しては「15時から18時」というのは「夜」そのものになってしまいそうなので、適当に柔軟に、朝なり昼なり夜なりに振り分けていきます。ゴールデンウィークは朝ばっかりです。わかりにくくて申し訳ありませんが、スケジュールをご確認いただけますと幸いです。Googleカレンダーが実はかなり早くて正確です。ご自身のGoogleアカウントと共有していただけますと、かなり煩わしいでしょうが、めちゃくちゃ便利ではあります(やっている人、ちょこちょこいます)。あと、ホームページをもうちょっと見やすくつくりかえる予定です。

 個人的には、僕は静かな夜を愛していますし、その中で密かに煌めく騒がしさも大好きです。夜が好きだから夜学バーという名前にした由もあります。夜の中の華やかな光と、昼の中の密やかな暗闇。それこそが詩情だと思うし、いま読んでいる『風姿花伝』にも、こうあります。

 秘儀に曰く、そもそも、一切は、陰陽の和する所の境を、成就とは知るべし。昼の気は陽気なり。されば、いかにも静めて能をせんと思ふ工みは、陰気なり。陽気の時分に陰気を生ずる事、陰陽和する心なり。これ、能のよく出で来る成就の始めなり。これ、面白しと見る心なり。


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●夜について(e7、2021年4月はじめ頃)

 4月上中旬は無休です。平日昼と土日の夜が中心です。
 もうずいぶん前から、夜のお店は元気です。
 おさらいしますと、昨年11月28日から「22時まで」の時短要請が始まり、今年1月8日から「20時まで(酒類提供は19時まで)」になりました。3月22日から「21時まで(酒類提供は20時まで)」になり、少なくとも4月21日まで続きます。地域や業態によって若干の差がありますが、「東京にあるお酒を出すお店」はおおむねこうです。
 夜のお店の多くはその都度、「22時まで」「20時まで」「21時まで」と表示を掛け替えて、時短要請の許すギリギリの時間まで営業しているようです。
「感染拡大防止協力金」はほとんどの夜の飲食店にかなりの額を行き渡らせるはずですが、もともとの売上が多いお店は焼け石に水のようで、1円でも多く確保するために1秒でも長く営業したいことでしょう。また種々の事情で協力金をもらえない、もらわないお店も結構あります。かく言う夜学バーも実は昨年末以降の協力金はまだ支給確定しておりません。審査の途中で引っ掛かっております。追加の書類を出しましたが結果次第ではみなさまに憐れみを乞いますのでよろしくお願い申し上げます。
 ただ、今のところはいただくつもりでいますし、今日明日のお金がないというわけでもないので、夜の営業をほとんどしておりません。

 もうずいぶん前から、夜のお店は元気です。繁華街を歩きますと少なくとも21時(この間までは20時)くらいまでは非常に賑やかですし、それを過ぎるとしばらくはむしろ路上に人があふれ、「このあとどうする?」「どうするたって、店もやってねえしなあ」「うちくる?」「ウェーイ!」「とりあえずコンビニで酒買って歩こうぜ」みたいな会話をしております。実際その時間に歩きながら缶ビールなど飲んでいる団を何度も目撃しました。
 去年の今ごろ、同じように時短要請が20時までで、発表される「感染者数」は今の何分の一かだった頃、街は静けさにあふれ、SFのような暗い光に満ちていたものでした。近隣で営業していたのは夜学バー含め数える程度と見え、街行く人も、もちろんお客もほとんどありませんでした(詳しくは当時の日報でも)。あの孤独な毎日、辛さと不安と恍惚を忘れません。
 あれから1年、まさに隔世の感があります。おそらく、もしいま同じように「17時から20時まで」毎日お店を開ければ、あの頃の数倍の来客があるでしょう。SFに塗り替えられた街は過去のルーティンにふたたび塗り替えられました。ドラえもんの存在を誰も気にしなくなるのと同じでしょうか。ゾンビが生前の習性にしたがってショッピングモールに現れる感じ、とまで言うと怒られるかしら。
 今、習性を取り戻した人々による濃縮された夜の数時間(と、その後のロスタイム)が感染拡大におおいに与していることを僕は疑いません。
 ウィルスに対して人類の何が敗北しているかというと、「習性は変えられない」という一事に尽きるのではないかとさえ思います。
 むろん、そうは言っても個々のレベルで見ると少しずつ行動や考え方の変容している人はかなり多いでしょうし、リモートワークなども増えたのは確か。やはり日本は「変わる」ということが比較的得意な国なのだと思います。だからある意味「この程度」で済んでいるのだとも。
 みんながそれぞれ大なり小なりの変化をしていて、そのうえで現状がある。「お前の変化は足りない!」「お前は変わりすぎ!」などと罵り合っても実りはありませんので、「ぼちぼちやりましょう」としか言いようがないですね。


「もうちょっと頭のおかしいところを出してもいいんじゃない?」と言われたので、少しずつ頭のおかしいところを発揮していきたいと思います。怖いですが。この「頭のおかしい」というのは「子供」ということでしかないから。もちろん良い子のことです。


 柔軟性と流動性の急先鋒、でありたいと願う夜学バーは、最近「夜」を捨て気味です。
 夜にはさまざまな側面があります。
 騒がしい夜と、静かな夜。
 安らかな夜と、研ぎ澄まされる夜。
 深まる夜と、明けていく夜。
 それらをそのまま、窓のないこのお店は、昼間に持っていこうとしております。一時的に、の予定ですが。実際年明けからほぼお昼しか開けていないです。4月中旬まではそのようにしてみます。
 土日(特に日曜)はむしろ、昼のほうがみんな元気になるようですので、僕は夜に少しだけいることにします。
 活発な時間の外側で静かに研ぎ澄まされ、深まっていく。夜の美しい一側面。
 誰も知らない暗い世界で、狂騒と安らぎは溶け合って明けていく。
 僕の愛する夜は孤独です。

 みんなは合言葉を持っています。大抵のところではそれが通じます。
 みんなは同じことを考えます。思います。それが合言葉になります。
 合言葉を確かめ合って人々は常識の海を愉しみます。
 合言葉のないような場所を確保しなければなりません。なぜならば、合言葉はとても固くて、合致する限り動かないからです。
 柔らかい場所がなくては。僕が好きなだけですが。
 合言葉がどこにもない時、人はそれぞれ違うことを考えながら、最も美しい交わりを求めて動きます。


◎3月22日(月)〜3月31日(水)
 店主のいる時刻は以下です。火木土だったのを火金日にしてみました。変拍子。火曜はゴミの日ゆえ不変です。
 4月からはまた改めて考えます。
 水曜昼のサロン営業は従来通りです

【22月】休
【23火】13-16j
【24水】サロン(13−17さ)
【25木】休
【26金】13-16j
【27土】休
【28日】13-20j
【29月】休
【30火】13-16j
【31水】サロン(13-17さ)

※ j(店主尾崎)担当時間は平時の夜営業と同じシステムおよび価格です。木戸銭1000円(奨学生は500円)。小学生中学生などの18歳未満および18歳程度の高校生、19歳前後の浪人生等は木戸銭なしになることが多いので、お申し出ください



◎3月8日(月)〜3月31日(水)
 店主のいる時刻は
 21日まで→火木土の13-16時
 22日から31日まで→現在のところ2案考えております。昼やるか、夜やるか。21日までに更新します。詳しくは「夜という価値観」という文章をご参照ください
 水曜昼のサロン営業は従来通りです

【8月】休
【9火】13-16j
【10水】サロン(13−17さ)
【11木】13-16j
【12金】休
【13土】13-16j
【14日】休
【15月】休
【16火】13-16j
【17水】サロン(13-17さ)
【18木】13-16j
【19金】休
【20土】13-16j
【21日】休

※ j(店主尾崎)担当時間は平時の夜営業と同じシステムおよび価格です。木戸銭1000円(奨学生は500円)。小学生中学生などの18歳未満および18歳程度の高校生、19歳前後の浪人生等は木戸銭なしになることが多いので、お申し出ください


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●短いの(e6)(2021/3/20土)

 安定してお客を呼びたいのであれば同じリズムを刻んだほうが良い(とおそらく一般的には考えられている)のですが、あえて曜日等を変えるのにはいちおう理由があります。たとえば店是(国是のような言い方)たる「その都度考える」に照らしてもそのほうがふさわしく、コロコロ変わっていたほうが自分は飽きない、おいでくださる方々にも多少は刺激があるかもしれません。「意味や意図は判然としないがなにか微動している」という色気みたいなものは大切にしていきたいです。軽やかさも色気でしょうし。
 朝6時から19時くらいまで年中無休で営業している、昭和ひと桁生まれのマスターが一人で営む喫茶店でこれを書いています。どっしりと安定しております。この方向性では絶対に勝てない(勝ちたいとも思わない)ので、こういう安定を足場としつつ、不安定な遠くへ行けるだけ行こうというような気持ちです。大げさですが貫くとうねります。


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●夜という価値観(2021/3/08月)

(長いわりに内容はあまりありません。記録用。我ながら理屈っぽく詩的に過ぎるので、もしお読みになる場合は「あーはいはい」と読み流していただけるのが今回は幸いです。いつもはしっかり真に受けてもらえたほうが嬉しいのですが。いや、本当は今回だって真に受けてはほしいのですが……。なにぶん説明しきれていない部分が多くって。)
(あまりにうだうだしてしまったので、この文章をあるていど補完するものを僕の個人HP3/10の記事に書きました。興味ある方は探してみてください。)



 夜学バーと言うからには夜ひらくお店なのですが最近は昼学バーとなりつつあります。「夜学」は「やがく」と音読みなので「昼学」は「ひるがく」ではなく「ちゅうがく」でしょうね。ちゅうがくバー。

 実際、僕(店主尾崎)は1月8日〜2月7日、おおむね「11時〜15時30分」の間を選んで営業しておりました。
 2月8日〜3月7日は「15時〜19時」が週に2日、「9時〜12時」の実験的なモーニング営業が週に2日でした。
(さちあきさんという方にお願いしている水曜昼の営業は、この1年間何も変わらずにずっと続いています。あの人、すごい。)

 上記1月8日〜3月7日の間は政府による緊急事態宣言に伴い、「5時から20時まで(酒類の提供は11時から19時まで)」の時短要請を受けていました。これは強制ではなく、基本的には「従えばお金をあげますよ」というものです。いわゆる「改正特措法」が施行される2月13日までは、従わなかった場合の罰則もありませんでした。それ以降でも、罰金さえ払えば営業できる(強制的に営業を差し止められることはない)と理解しております。
 夜学バーがこの間、夜(19時以降)に営業をしなかった理由は、「協力金をもらい受け、かつ罰金を払わないため」というのが中心です。もちろん「感染および感染拡大を防止する」というのはものすごく重視しておりますが、それはすなわち「夜には絶対に営業しない」にはなりません。
 誤解を恐れて繰り返してしまいますが、「夜に営業する」のと「昼に営業する」のと、どちらが感染および感染拡大のリスクを高めるかというと、「やり方による」としか言えないはずです。ではなぜ夜学バーが「昼に営業する」を選んだかというと、「協力金をもらい受け、かつ罰金を払わないため」です。
「夜に営業する」を敢行した場合、売上はそれなりにあったとは思いますが、協力金(と、ひょっとしたら罰金)を上回る売上は天地がひっくり返っても生まれておりません。また、売上があるということは人がたくさん来てたくさんの注文をするということで、感染および感染拡大のリスクは高まるでしょう。
 もちろん「夜学バーが夜に開いている(社会的)意義」というのも考えることができます。それをすることによって世の中がよくなる、というメリットです。経営的なマイナスや、感染および感染拡大のリスクを負ってまでその心意気を出すべきかどうか、というと、僕のバランス計は「NO」と言うわけです。むしろ「夜に閉めることによる意義」「昼に営業することによる意義」を高めることによって、全体のプラス(夜学バーのふところ+感染抑止+世の中がよくなる度)を大きくしたほうがよいだろうと判断しました。こういう文章をちょくちょく書いているのも、その「意義高め」の一環です。

 いやーはてさて。いつもながら前置きが長い。なぜ前置きが長いのかというと、「ここまで読んでくれた人になら、ここから先を読んでもらっても大丈夫だろう」という安心感を書き手(僕)が得るためです。匈奴の侵入を防ぐ土塁のようなものです。
 こういうことをするから、「読んでくれる人」の数は極端に減ってしまうのですが、ついついそうしてしまうし、それが今のところは合っているのだと思います。伝わりやすい短文でTwitterにうったえたり、センセーショナルなタイトルをつけたスマートな文章をnoteなどに投稿する、というようなアピールは、非常に苦手なのです。どなたかプロデュースしてください。この野バーを。バズりたい。バズれない。バズるウルフで構わない!


 緊急事態宣言はさらに延長され、3月8日〜21日は引き続き「5時から20時まで(酒類の提供は11時から19時まで)」という時短要請を受けます。22日〜31日は「5時から21時」となるそうです。
 その間の営業をどうするか、という話の前に、まずこの2ヶ月の昼営業の実態と手応えをリポートいたします。

 1月8日〜2月7日についてはエッセイ4に書いておりますが、改めて簡潔に。この間僕がお店を開けたのは9日間のみ、先述の通り11時〜15時半までのうち2〜3時間営業しました。平均して2名ていどの来客があり、お客がゼロの日はありませんでした。個人的には「大成功」と言いたいです。売上はほとんどありませんが、お客が来すぎることもなく、誰も来ないということもなし。経営的には協力金がもらえるのでとりあえずOK、感染および感染拡大についても、ほぼ影響させていないと思います。意義(世の中をよくする)も少しくらいは果たせたと信じます。

 2月8日〜3月7日、僕は合計で16日間お店に立ち、金・土の朝(9時〜12時)と火・木の夕方(15〜19時)に営業。平均客数は変わらず2名ていど。お客がゼロ名(僕はこれを「グランドスラム」と呼んでおります)の日が5日ありました。ゆえに、来客があった日に限れば平均客数は3~4名くらいになります。火・木が祝日にあたった日(2月11日と23日)は、それぞれ7名、8名と多くの来客がありました。
 一方で、お客ゼロのグランドスラムが5回。お店に行って、お店を開けて、何もせずそのまま帰ったということです。これは「大成功」とは言いがたい。売上はゼロ(光熱費等で利益はややマイナス)。感染および感染拡大リスクもほぼゼロですが、意義もあんまりありません。「開けた」「開いていた」という事実が意外と大切なのでそれなりに意義はあったはずですが、「読み違えたなー」というのが正直な感想。

 グランドスラムは、2月16日(火・夕方)、26日(金・朝)、3月2日(火・夕方)、5日(金・朝)、6日(土・朝)の計5日。火曜夕方が2回、金曜の朝が2回、土曜の朝が1回。逆に言うと、平日の朝や夕方でも上記以外の日はお客があったということですが、データ上それはどちらかといえば前半に集中し、後半はお客が少なくなっていったと読めます。
 祝日の15時~19時×2で合計15名(重複なし)のお客があった、ということは、「土日の夕方に開けていればそのくらいのお客はあったかもしれない」ということを(たぶん)表しております。
 営業スケジュールは、できるだけお客が多くなりすぎないように、しかしまったくゼロにはならないように立てたつもりです。それで金土日の夕方という(今となってはの)ゴールデンタイムはやめ、土曜の朝ならギリギリ誰か来るだろうと読みました。金曜の朝は賭けでしたが、3名来た日もあったのでやってみてよかったです。火曜の夕方にG・Sが二度もあったのははっきりと誤算。木曜の夕方にはそれがなかったということは、やはり週末に近づくにつれて「お店に行く機運」の高まっていく証左でしょうか。(実は、火曜はゴミの日なので営業したくなってしまうのです。敗因はゴミの日の設定です!)

 ともあれ、「今日は来るかな? どうかな?」とドキドキワクワクしながらお客を待つのは非常に楽しかったです。これがもし、金土の夕方だったら、全然気分は違います。その場合は「きっと誰か来るだろう」という気分で待つはずなので、誰も来なかった場合に胃がシクシクしだすかもしれません。金曜の朝なら、「まあ来なくてもしょうがないか……そりゃ来ないよね……」で納得できて、ストレスはちーともありませんでした。9時開店のための早起きはけっこう大変でしたが、ペリカンのパンを焼いて出す老舗喫茶店ごっこができたのにはきわめて満足です。


 わずかずつ、話は「夜という価値観」なる題に近づいています。


 3月8日から21日までは、火木土の「13時~16時」で営業すると決めました。ちょうど2週間なので、各曜日が2度ずつ巡ります。(ちなみに20日の土曜日は祝日。)
 これは相当悩みました。この文章を今(なんとこの行の執筆時点で8日の23時。明日の13時から営業なのに、この時点で告知していなくて誰か来るのか? ドキドキ。ワクワク)書いているというのが、ぎりぎりまで考えていたあかし。
 何を考えていたのかというと、煎じ詰めると「夜やるか、昼やるか」という点に尽きます。(夜とはこの場合「20時まで」ということです。)
 夜学バーなんだから夜やればいいじゃん、と単純に僕も思います。ただ、いろいろ考えるところはあるのです。

 たとえば、昨年の4月11日から5月25日、現在と同じく「5時から20時まで(酒類の提供は19時まで)」の時短要請を都から受けていた頃のことを思い出します。
 夜学バーはこの期間中、「17時から20時まで」1日も休まず営業しました。当時の空気感を、みなさま覚えておいでですか? がんばって思い出してくださいませ。
 お客は極めて僅少、平均すると2名を下回ったかもしれません。それも、何名かの方々(お客として来店した従業員も含む)が複数回来てくださったおかげで、なんとかそのくらいになっているのです。延べ人数ではなくユニークユーザ数でカウントしたら、平均は1名を切るはずです。
 当時の空気感を思い出していただければ、そりゃ当たり前だということになるでしょう。夜学バーも当時、広報をこのホームページとGoogleカレンダーに限定しておりました。目立ちたくなかったので。更新のたびTwitterに「ホームページをご覧ください」とだけ記していたものです。営業しているというのを知らない人も多かったと思います。そう考えれば、むしろ「来たほう」なのかもしれません。いろんな意味で楽しくもあったし、さまざまな有り難さも噛みしめた時期でした。

 あの頃、「夜」というものは存在しなかったようなもの、なのかもしれません。
 さらに正確には、「夜」は家の中と、路上にしかなかった、という感じでしょうか。
 昼間だって街はものすごく静かでしたが、20時を過ぎればさらにひっそりと静まりかえり、明かりもほとんど消えていました。ほぼ「真夜中」のようでした。
「夕方」から、「夜」をすっ飛ばしていきなり「夜中」になっていたように思います。

 夜学バーが「夜」の営業をしていても、世間的に「夜」というものは「家の中と路上にしかない」ものだったので、夜学バーの姿は見えなかったのだと思います。
 それでいい、というか、だからこそ良い、と思って、僕は黙々淡々粛々とお店を開けておりました。(この頃、週に2日もお店に立ってくれていたi氏に改めて感謝します。彼がいなければとても毎日は営業できませんでした。)
 この頃にいらっしゃっていたお客(i氏はお客としてもよく来てくれていました)は、家の中でも路上でもない、どこにもない格別の「夜」を味わいに来ていたのかもしれない、と今思います。そういう「夜」は、なかなかなかったのです。たとえ「20時まで」でも、行って気軽に話ができる場所というのは本当に少なかったはずです。(omoidashite!)

 その後「夜」は少しずつ息を吹き返し、夏から秋、冬と季節は巡ります。
「夜」は当たり前に、どこにでもあるものになっていきました。そして今また「20時まで」の時短要請があり、一都三県のほとんどのお店が従っているようです。
 おそらく今は、「夜」が当たり前にどこにでも存在しながらも、しかしお店は20時までしかやっていない、という状態です。


 先日、僕はとある、いわゆる「闇営業」をしているらしきお店に行きました。
(それが「闇営業」なのか、ただの「営業」なのかは、実のところ不明ですが、状況からして「たぶん闇だろうな」と思えたので、ひとまずこう書いています。)
 僕は最近、ほとんど夜のお店に行きません。お店に行くことが趣味みたいなものなので、喫茶店によく行きます。散歩がてら何軒かハシゴしたりもします。そこで本を読んだり新聞・雑誌を見たり、文章を書いたりしています。台東区と墨田区を中心に数十数百という喫茶店の定休日と営業時間をだいたい把握し、あそこは20時まで開いているからもう一軒、という感じで渡り歩きます。そうすると夜のお店に行く時間がなくなってしまうのです。20時までに終わってしまうので。また、19時までに注文しないとお酒は飲めないことになっているので。
 前述の闇営業らしきお店へ行った経緯(いきさつ)はこう。ちょっとした打ち合わせのようなことがあって、22時前に終了。当然どこもお店はやっていないはずなのですが、「このあたりに、おそらくは美学に則って夜中まで店を開けているお店がある。行ってみないか。きっとあなたは気に入るだろう」と誘われ、行ってみることにしたのです。
 閉ざされた扉に虹のマーク(協力金を申請するためにも必要な、都の「感染防止徹底宣言ステッカー」)が貼ってあり、店内には「しばらく現金のみの取り扱いになります」という注意書き。ふむ! これは、闇営業っぽいぞ!
 現今言う闇営業というのは、「表向きは20時までに営業終了することにして(協力金は受け取り)、実はこっそり夜中まで営業しているお店」というふうに僕は理解しております。扉を閉めて、ステッカーは貼り、営業時間が打刻されないように電子決済を(とりわけ20時以降)しない、というのは闇営業の定石なのでございます。
 しかし、カラオケがあるから防音のため扉を閉めているのかもしれないし、ステッカーはなんとなく貼っているだけか、かつて協力金を申請した名残なのかもしれないし、電子決済ができないのもたまたまかもしれない。あるいは、闇営業で何が悪いの? ということでもあります。
 そんなことより実のところ問題にしたいのは、そこに集ってくるお客さんたちです。彼らは「夜」に生きていました。べろべろに酔っ払っておりました。
 それなりに広いお店で、僕らはほかに誰もいないカウンター席に座っておりましたので、かなり離れたテーブル席で盛り上がっている人たちからウィルスをもらう、ということはまずないだろうと判断し、とりあえずお酒を一杯飲みました。やがてカウンターに二人連れの酔っ払ったお客がやってきたので、彼女たちがマスクを外さない前にスッとお店を出ました。ちょうど帰って片付けねばならないお仕事もあったので。(僕はそれなりに出歩いているほうだとは思いますが、同時にこのように、かなり感染に気を遣っているほうだとも思っています。)
 お店を出るとすぐ、酔っ払ってふらふらとした女性とすれ違い、彼女はそのお店の扉を開けて中に入っていきました。
 このお店の「美学」というものがあるとしたら、彼ら彼女らのおそらくは数少ない行き場所になっているということで間違いがないでしょう。「どこにも行き場所がない」というのは辛いことですので、「行き場所」の確保のためにお店を開けておく、というのは確かに美学です。そうなると、もしもそれが闇営業だったとしても、単純に批難すべきではないようにも思えてきます。みんなの行き場所を確保しつつ、それを維持、継続するためにこっそり協力金もいただいちゃおう、という考え方は、「絶対にダメ!」と言い切れるようなものではないと僕は思います。もちろん「ズル」ではありますが、「ズルして何がアカンの?」と返されたら、けっこう困っちゃうのではないでしょうか。

「夜」はこうして生きているのです。
 どうしても「夜」という価値観の中に生き続けたい人は、どうにか20時以降もやっているお店を探して、フラフラとさまよい歩くものなのです。
「夜」という価値観は、街に生きています。家の中や路上にだけでなく、社会の隅々に。去年の4月から5月にかけては、もうちょっと死んでいたと思います。それはみんなが1年かけて獲得したたくましさということでもあるでしょう。
 だから、いま「17時から20時」という時間帯で営業をしたら、あの頃よりはお客があると思います。

 だからこそやっぱり、夜学バーはその時間を敬遠したくなります。この「エッセイ」シリーズに何度か書いてきたことですが、夜学バーの店是は「(その都度)考える」ということです。僕はもうちょっと、「夜」について考えたい。
 街にはもう「夜」が存在します。その状態で「20時まで」に制限されるというのは、単純に「夜の終わりが前倒しになる」ということです。
 たぶん今は、「20時で夜は終わり」という感覚があります。前回の緊急事態宣言時は、「夜」そのものがなかったのではないか、というのが、僕の(やや意味不明な)説明です。そうでなければ、あんなにお客が少なかったことが(僕には)理解できない。


 夜の価値観と昼の価値観、ということに関連して。
 近所のカフェに行きました。初来店です。中年の女性が一人で切り盛りするL字カウンターのみのコーヒー店で、お酒や洋菓子類も充実しています。
 あまり子細を書いて食べログのクレームみたいになるのは嫌なので結論だけ書きますと、そのお店は昼間に開いているコーヒー屋さんなのですが、僕の見立てでは「夜の価値観」のお店です。
 メニューが存在しない(口頭のみのオペレーションです、と言われた!)ことや、ドリンクへのこだわり方、接客、バースプーンを持つ手つきなどから判断して、たぶん店主にはバーテンダーの経験があります。
 カウンターのみのお店ですが、「お客同士の横のつながり」をいきなり作らせることはないようです。トラブルを防ぐため、多くのバーではそのようにしているはずです。「店主と客」の関係も、いきなりは作りません。初見の客はまず警戒して、様子を見ます。おそらく何度か通うことによって「常連」とならなければ、個人的なコミュニケーションは発生しないでしょう。商品を提供するための必要最小限のやり取りだけが行われます。一方、いわゆる「常連」らしき相手とは、進んで会話をします。そういう「常連客」は、かなりの数いるようでした。
 女性が一人でやっているお店なので、昼だろうが夜だろうが、男性客は(!)まず警戒する、というのは重要なのかもしれません。何度か通ってもらって、お金を払う意思と実績、そして安全性を確認してから、初めて「関係」というものを作る、という流れにしているんだろうと思います。そしてそのようにしてできた「関係」を、とても大切にしているように見受けられました。
 この発想を、僕は「夜の価値観」と思ったのです。
 夜のお店は性悪説、昼のお店は性善説、というフレーズがそのあとパッと浮かびました。
「夜」は危険なものなのです。


 この経験を数日間、反芻していろいろ考えていたのですが、いまポン、とわかりました。僕が夜学バーというお店でやりたいのは、夜の価値観と昼の価値観を同時にやる(あるいはどちらもやらない)ということかもしれない、と。
 性悪説というのは「悪である」を前提とし、性善説は「善である」を前提とします。考えてみれば夜学バーに関しての僕の態度は、「善かもしれないし、悪かもしれない」でしかありません。すなわち、前提を置かない、決めつけない、その都度考える、ということです。
「常連」という概念を嫌い、「仲良し」を第一とするのも、夜と昼とのいいとこ取りをしようとする結果なのでしょう。
 僕も大馬鹿ではないので、夜と昼とでスッパリと二分できるとは思っておりませんが、なんとなく「夜っぽい」とか「昼っぽい」くらいの種別はあるんじゃないかと思います。そして、「完璧に夜の価値観である」お店や、「完璧に昼の価値観である」お店はまず存在せず、その配分によって「夜っぽい」か「昼っぽい」かが決まるのだとしたら、その配分を常にコントロールすることはきっと可能で、それをしたらいいお店になるのではないか? と考えるわけです。それが夜学バーの方針なのだと、なぜかさっき急に腑に落ちました。
 夜学バーは、夜っぽくも昼っぽくもないお店を目指しているのでしょう。


 なんとか「夜という価値観」という題にこじつけねばなりません。(何も考えずに書き始めました。長いばかりでごめんなさい。)

 まず、「夜」という価値観はしっかりと存在するけれども、「夜」を満喫しやすい時間が「20時まで」と限られている状態が今です。
 それゆえ「夜」を楽しみたい人たちは「20時までを楽しむ」か、「20時を過ぎても開いている場所に行く」ことになります。
「夜」は20時で終わるのに、「夜という価値観」はそれ以降もずっと、これまで通りに続いている、というふうにも言えます。
 そうすると「20時まで夜のお店をやる」というのは、「夜という価値観から20時をもって離脱する」ということになります。これは、「昼のお店を20時まで営業する」ということとは、全然違うことです。
 僕は一般的な「夜という価値観」にこだわっているわけではありません。一般的なというのは、例の闇営業のバーに集う人たちが求めているような「夜」のあり方ということです。僕がこだわるのは、僕なりの「夜」です。すなわち夜学バーの「夜」の字が意味しているものです。

 いま、たとえば「17時から20時までのお店」をやるとしたら、「たとえ3時間でも、一般的な夜という価値観の中でお店をやりたい」という意思がその裏にあるはずです。

 夜学バーは「夜のお店でも昼のお店でもない」というつもりでやっています。
 1年前までは、「17時から終電くらいまで」が基本的な営業時間でした。17時なら高校生くらいでも来られるだろうし、仕事や用事のある人でも終電まで開けていれば来やすいものだろうと考えてのことです。同時にこれは、夜に営業したほうが経営的に良い、という事情でもあります。最近は、17時だと夕飯食べる時間がないから18時からにしたりもしていますが、理想的には中学生が遊びに来られるよう16時くらいから開けたいと思っているくらいです。(それをやらないのは体力の問題と、昼間喫茶店に行きたいからです。)
 夜学バーは、よく考えれば無理して夜に営業しなくてもいいようなものなのです。夜と冠してはおりますが、本当の夜でなくてもいいのです。「夜のいいところ」がありさえすれば。
 僕の思う「夜のいいところ」とは、このホームページのどこかにも(開店当初に)書きましたが、夜は特別である、ということです。誰もが子供のころ、「夜は特別」と思っていたのではないでしょうか。
 子供は早めに寝るので、それこそ20時とか21時とかが「夜の終わり」だったりします。それ以降に起きていたとしても、たいがいは「家の中の夜」にすぎません。せいぜいが「家族と一緒に出かけた先の夜」で、「一人で家の外で過ごす夜」というのは、多くの子供にとってかなり特別なものだと思います。
 思えば、昨年の緊急事態宣言時、意地のようにお店を毎日開け続けたのは、「特別な夜」を確保するためだったのです。街から「夜」という価値観が消えかけた頃、わずか3時間でもそこに「夜」として存在していたことには、特別な意義があったと自負します。
 今年の1月から3月頭にかけては、もう「夜」という価値観は復活していました。だから「昼や朝にばかり営業する」ということによって「レア感」を自分なりに演出し、「特別」であるために足掻いていたのです。

 はっきりと子供である僕にとって「夜」という価値観は、すなわち「特別」ということ。
 いま、20時まで営業するということは、単純に「20時で閉まる夜のお店」になるということです。別にそれで何も悪いことはないのですが、「夜のいいところ」はそこにはあんまりありません。
 むしろ昼間に営業することで、そこに「夜のいいところ」を映し出せないだろうか? というふうに考えます。
 夜学バーはそもそも「夜と昼とのいいとこ取り」なので、いつ営業していたっていいのです。経営(お金)と、今なら感染抑止と、意義(世の中がよくなる度)とのバランスによって決定されるだけです。
 ゆえに、「昼営業なので木戸銭は要りません」ということにもせず、通常の価格で、お酒も出し、自分でも飲んだりします。昼間でも「夜のいいところ」を発揮するこの場は、夜学であるぞ、というような話です。
 それは単純に「昼から酒飲む俺らwww」(古い!)みたいなノリではなく、ただいつも通り、お酒を飲む人もいればソフトドリンクを飲む人もいて、似たような金額を払って帰る、ということを大切に思うのみです。


 と、いうのが説明になっているのかいないのか、とりあえず3月21日までは、夜学バーは昼間にしか営業しないことにしました。22日から31日までは未定です。昼かもしれないし、夜かもしれません。上に書いたような考えが2週間でさらに進んだり、否定されたりするでしょうから、それに応じて決めます。
 13時から16時、という時間帯は、実に微妙です。土日祭日はまだしも、平日となると、いったいどういうお客が来るのでしょう? あるいは誰も来ないのでしょうか……。そういうことを考えながらお店で待つのが、僕にとってドキドキワクワクなのですよ。
 1月と2月は、主として土日祝でしたが小学生や中学生、受験を終えた浪人生、幼児とその親なども来てくれました。彼らは昼間のほうが来やすいのでしょう。春休みになれば、もしかしたらまた昼に動きやすくなる人もいるのかもしれません。初めての方もぜひおいでください。「誰でも最初は初めて」と偉い人(岡崎律子さん)も言っています。


 夜中の三時になってしまいました。いまUPして推敲します。
 四時です。推敲しました。UPしてツイートします。


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●エッセイ4(2021/2/05金)

 これまでのあらすじ→2020年の夜学バーを12月22日まで無休で駆け抜けさせた店主(尾崎)は、年末年始をゆっくりゆっくり休み、1月16日から営業に復帰。リスクと使命のバランスを見つつ週に数日、数時間ずつお店を開けてきました。2月7日までに合計9日・20時間の僅少営業をうたい、2月5日現在まででそのうち8日・18時間(実際には多少延長する場合が多かったので+数時間)を終えています。訪問者はのべ17名(乳幼児、小学生など支払いのなかった者も含む)で、お客がゼロの日はここまで一度もありません。読み通りというか、期待通りに1〜3名ほどのお客が毎回いらっしゃいます。あとは7日(日)11時から13時までの営業を残すのみとなりました。
 その後の営業については、すでに「最新情報」の一番上にスケジュールを掲げています。3月7日までの1ヶ月間は曜日と時間を固め、一定のサイクルで動かしていきます。

 僕の(および夜学バーの)考え方は、これまでエッセイ1〜3などに書いてきたことから変わりません。感染とその拡大の回避を通底的に意識しつつ、「お店を開けていること」&「時間(時代)や町(都市)と共にあること」の意義を全身+全霊と店そのものによって表現し、またその手触りを知ることが是です。
 夜学バーというお店の存在意義というのは、「考えるということを介して人と言語的ないし非言語に交流できる場として常に開かれていること」だと考えています。そのように決めているというよりは、おそらくそういうことになっているだろうという推察です。不要不急の極みですが、豊かなことはだいたい不要不急。そうした不要不急の積み重ねが、要で急なことをこなすための体力や技術の礎となります。
 ふらりとお店に入って、ランダムにそこにいる人と「考えながら」何らかの交流(互いに黙っていることも含む)をするというのは、あらゆるコミュニケーションや人間関係を底から鍛え上げてくれることだと僕は信じています。だからそのようなお店を続けているわけです。
 ただ、今は「考える」べきことが普段よりもちょっと多いので、そのぶん疲れも大きくなります。ゆえに以前のように毎日7〜8時間カウンターに立ち続けることは難しい。リスクの問題もありますので、半分(週3〜4)の半分(3〜4時間)がちょうどいいだろうと思います。お店の側だけでなく、お客さんのほうも同じです。
 ウィルスの蔓延する世の中というのは真面目に生きようとすればするほど、考えること、気をつけること、気にかかることが多くなって疲れます。しかしそこで諦めたり、思考をやめて妥協して楽さに流れて手を打ったりしすぎると、せっかく鍛えてきた筋力も衰えて枯れ落ちて腐りかねません。もちろんバランスをとって、どこかで気を抜くことは非常に大事なことですが、早いうちまた「現場」に戻らなくては、知らぬ間に隠居が始まります。

 僕はいま「古い喫茶店」や「古い食堂」「古いバー」「古い居酒屋」が好きですが、なぜかというにそこで働く人やものは、どれだけのキャリアを背負おうが常に現役であるからです。かりに具体的な仕事はほとんどなくただ店頭に座っているだけであっても、その人がそこにいること自体が仕事であり、すなわち現役です。現役の要件とは「現場にいること」それのみだと思います。
 僕も80か90か、わかりませんができるだけ現役でありたいと願っています。そのための練習としていまお店を開けているというのもありますし、お客の立場としても生涯現役でいたいので、この文章も近所の古い喫茶店を渡り歩いて書いています。さっきまでいたお店のマスターは今年で満87歳になるはずです。
 もちろん、何も気にせず通っているわけではありません。自分で書いてしまうと不遜に見えるかもしれませんが、僕のような若者(ものすごく若者に見えると思います)が繁くお店に通ってくるということは、そのマスターの「現役度」にきっと影響します。若い人がちゃんと来るのだから、あのお店は町の中で、世界の中でれっきとして現役なのです。
 客数はほとんどのお店で減っています。お店をたたむ理由として真っ先に想像されるのは経営経済の話ですが、きっとそれだけではありません。「やりがいがない」というのも間違いなくあって、それは「社会から必要とされていない」という孤立感にもつながります。お店にはまずお客がないといけないし、新しい若いお客が生まれていくことをいつまでも歓迎し続けるお店はたぶん、とても多いと思います。実感として。
 まったくどこにも行かなければ、自分にとっても社会にとってもリスクを最小限に抑えることができます。しかし、誰もがまったくどこにも行かなければ、「やりがい」はどこにも生まれません。それもバランス。自分がどこに行くべきで、どこに行くべきでないか。それをじっくり考える時間がもう一年近く続いています。
 いろんな事情で、お店はどんどん閉まっていきます。しかし、お客ある限りお店はどこかで続いていきます。よきお店のために、よきお客でありたいものです。お待ちしております。


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●エッセイ3(2021/1/13水)

 3週間ほどお店を休んでいて、世間の外側にいるような感覚です。僕(尾崎)は15日までは休むと決めていて、16日から復帰のつもりでした。しかし営業に伴う「感染(拡大)リスク」は依然高いまま。僕の認識では、今は昨年4月、5月とは状況がぜんぜん違います。市中感染の具合も、人々の感覚も。「エッセイ2」に詳しく書いたつもりですが、今はとにかく静かにしているのが一番でしょう。僕も少なくとも(緊急事態宣言に一区切りがつくはずの)2月7日までは休んで様子を見ていようかと思いましたが、一方で「夜学バー」としてはあまり意義のない選択だとも思います。

 僕は休むのが大好きなので休むのに苦はないのですが、夜学バーがこのまま「世間」から隔絶されたような状態にあることは、「感染(拡大)リスクを下げる」ことには多少なりとも貢献できますが、ほかに良いことは特にありません。

 夜学バーは存在する限り、これからも「学ぶ」ということをテーマにしていくはずです。そしてそれによってこの世の中を少しでも良く(または美しく。誰目線?ってのは置いといて)していきたいと思っております。今この機会を「学び」のために使えて、それが未来の糧となるのなら、ほんの少しの「感染(拡大)リスク」を抱えてでも、お店を開けたほうが「良い」かもしれません。
 というのも、さっき久しぶりに湯島の町を散策したら、喫茶店も、豆腐屋も、開いているのです。そしてお客もあるのです。
 僕は喫茶店や豆腐屋が本当に好きです。僕の美意識によればたいてい輝いて見えます。彼らがお店を開け続けていることで、町は美しくなっています。そういった、僕が好きなようなお店は高齢の方も多く、ある意味では命をかけて町の景観を美しくしてくださっているわけです。歴史もまた美しくなるでしょう。
 数十年続いているお店にも、いつの間にか消毒液は置かれていますし、マスクもしている場合が多いです。よく「時が止まったような」という表現が古い喫茶店に対して使われますが、喫茶店の中でも時は動いています。それも最新の時が常にあるのです。喫茶店の多くには新聞が届きます。毎日同じ新聞ではありません。その日刷られたホヤホヤの新聞が来ます。雑誌も同じです。

 時と共に生きることが、「学ぶ」ということの根底にある、と僕は信じております。お店を休もうか、ちょっとだけでも開けようか、この年末年始ずっと悩んでいたのですが、結論は単純なものです。「お店を開けている」ということと、共に生きるべし。それによって学べることはあるはずだし、その学びは、今しか得られない格別のものかもしれません。

 というわけでお店をちょこちょこ開けるつもりでおりますが、とにかく至上命題は感染防止。「エッセイ2」にも書いたとおり夜学バーはビニールもアクリルも使っておりませんし、マスク着用を徹底するお約束もしておりません。お客と店員とは基本的に対面(距離はありますが)となり、こんな時にわざわざやってきて無言で帰られる方もいないでしょう。つまり、「何も考えないでいるとそれなりの感染リスクがある」のです。
 ゆえに、「考える」ということをしてみます。まず営業時間は昼間、それも主に一日で最も気温の高い時間帯にします。するとたぶん、「暖房かけて扉を開けて換気扇を回す」という形で、常時換気が可能になります。僕の理解では、換気さえできていれば、「ある程度の距離をとって少人数で静かに話す」ことに飛沫感染のリスクはほぼないはずです。だからとにかく、「必要最小限の声量で話す」ということを、みんなが努めなければなりません。単純に、声量が大きければ大きいほどリスクも大きくなると思います。

「声量」というものには、実はお店を始めた当初からかなりこだわっています。世の中には「騒がしい場所はイヤだ」という人がものすごくたくさんいて、「入ろうと思ったけど店内が騒がしかったので帰った」という経験をお持ちの方はけっこう多いはず。ことに夜学バーに行こうと思うような方の中には。僕もそうなのです。
 なぜお店が騒がしくなるのかというと、まず誰か声の大きな人がいて、そのせいでほかの声が聞こえにくくなり、負けないように声を出すからいつの間にかみんなが大声になって、やがて収拾がつかなくなるのです。学校の教室と同じです。(そういう会食や飲み会はクラスター化しやすいでしょう。)
 僕はそういうとき、「夜も更けて参りましたのでもうちょっと小さな声で」なんてよく言います。それで概ねはなんとかなるのですが、抑制のきかない場合もないではありません。僕がクリスマスから年始にかけて夜営業を一切なくした理由の第一は、実はこれでした。一年のうち最も酒席の盛り上がる時期だと、そういうことがどうしてもありそうな気がしたのです。
 だいたい9月下旬くらいから、「大きな声を出してもよい」という雰囲気がフツーになってきたように記憶していますが、このウィルスを広めている最もメジャーな要因は「大きな声」だと僕は思います。(だからというわけじゃないですが、ダニエルズというお笑いコンビの「なんで大きい声を出すの!?」とたしなめるネタがとても好きです。)

「どうすれば低リスクに楽しめるだろう?」とできる限り考えて考え尽くすのが、夜学バーのようなお店の役割というか、今すべきことだと思っております。それは教室で黙ってお手紙を書いてこっそり渡したり、ノートとってるフリをしてマンガ書くとか、そういうことに近いかもしれません。そしてそういうことは、実はそれ自体が学びであったり、したと思います。
 一緒におべんきょうしましょう。下記が店主(尾崎)のいる時刻。ツイッターでは何も言いませんので混みはしないでしょう。ここまで読んでくださった方にぜひおいでいただきたいです。料金体系は夜の営業と同じですが、経済的にあまり余裕のない人のため緑茶かほうじ茶くらいは0円キャンペーン予定。木戸銭だけ持ってどうぞ。ごはんはありません。
 今回は、前回以上にひっそり開けるので、きっと誰も来ない日ばかりでしょうが、とりあえず時間に行きます。


【1月】
16(土) 11-12
18(月) 13-1530
21(木) 12-1430
24(日) 11-13
26(火) 12-1430
29(金) 13-1530
【2月】
1(月) 12-1430
4(木) 13-1530
7(日) 11-13

※先々の予定は変更の可能性あり、お確かめを
※次回庚申は3月13日(土)
 60日に一度の庚申の日は千数百年前からの風習を守り夜を徹します
※過去のスケジュールはGoogleカレンダーをご覧下さい


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●エッセイ2(2021/1/6水)

 暗闇に提灯は希望をくれるが、まばゆく輝くネオン街の一部としてなら、幸福に埋もれて日常となる。砂漠にあってこそ水は救いだが、都市の日常の中で水は、幸福の土台となるインフラの一部としてある。

 お店というものは、都市の日常の中で当たり前に「開いている」。お店が当たり前に「開いていない」状況というのは、都市にとっては非日常といえる。


 この夜学バーのホームページの中で僕(尾崎)はこれまで、原則として敬体(ですます調)を用いてきましたが、今回はエッセイということもあって、敬体と常体をいったりきたりしてみます。日報こと「ジャーナル」も同じ形式です。


 2020年4月7日から5月25日までの「緊急事態宣言」下において、多くのお店が通常通りには開いていなかった。休業・時短要請にほとんどのお店が従ったように見えたし、要請対象でなくとも休業や時短を行うお店が多かった。そのころの雰囲気をどのくらい覚えておいででしょうか。ひっそりとした夜の繁華街、空っぽの上野公園、昼間でも歩いている人はごくわずか。町は休業を伝える貼り紙ばかりで、記録のためすべて写真に撮ろうと思ったけどすぐに挫折した。(だって多いんだもん。)
 世界の終わりみたいな、SF的静けさの中で、17時から20時までという短時間ながら夜学バーは毎日お店を開けていた。それには大きな意味があったと思うけど、すでに何度も書いているので繰り返さず我慢する。強調したいのは、その時に最も意識していたのが「感染リスクの低減」と「バッシング回避」と「営業利益の確保」と「お店を開けておく意義」とのバランスをとることだった、ということ。

「感染リスク」とは、「自分たちが感染するリスク」と「お客が感染するリスク」の両方で、ひっくるめて社会的に言えば「感染拡大のリスク」ということになる。
 自分(尾崎)が感染したら単純にイヤだし、お店は望まぬ休業を余儀なくされる。もちろん従業員やお客に迷惑をかけたくもない。また、今では想像もできないかもしれないが、当時は「あの店で感染者が出た」ということになったら、どんな炎上の仕方をしてもおかしくないと思わせる雰囲気があった。そして、当然僕(ら)にとって、「感染拡大」にメリットはない。早いとこ「収束」してもらったほうが嬉しい。
 むろん「感染リスク」を下げたいのなら「休業」が一番だ。「バッシング回避」も万全。「営業利益」についても、都からまとまったお金がもらえるので夜学バーくらいの小さなお店なら無理して開ける必要もなかった。「存在への対価」にも助けていただいた。あとは「お店を開けておく意義」との兼ね合いのみ。


 ここで、そもそも夜学バーの「開いている意味」とは何か? という問いが突きつけられる。それはもちろんいろいろあるんだけど、たとえば一側面からまとめてみれば、「“考える”ということを介した交流(必ずしも会話や意思疎通を意味しない)を属性やジャンルにとらわれずその都度ランダムなメンバーによってできる(少なくともそれを目指す)場として、いつでも開かれていること」とでも言える。
「いつでも」というのが僕にとっては結構ポイントで、たとえば北海道の人がたまたま東京に来て「ちょいと夜学バーに寄って行こう」と思った時に、「わー、お休みだった! 明朝の飛行機で帰るのに」という事態になるのは申し訳ない。だからそれまで3年間、年中無休でやってきた。あるいは、「今日だ! 今日しかない! 今なぜか猛烈に夜学バーに行きたい! 今じゃなきゃダメだ! 月曜日じゃ遅すぎる!」という情熱的な日曜の夜には、やはり夜学バーというお店は開いているべきなのである。それが僕の理想とする「夜学バー」という場所なのだ。
 何よりも「開いている」ということが大切だと思っていた。なぜならば、このお店の代わりになる場所など、どこにもないという自負があるから。(まあカッコいい!)いや本当に、「“考える”ということを介した交流(必ずしも会話や意思疎通を意味しない)を属性やジャンルにとらわれずその都度ランダムなメンバーによってできる(少なくともそれを目指す)場」というのは本当に見かけない。偶然でなくそういう場所を意識して目指しているというお店がもしもあるなら、是非とも教えてほしい。なんとかして友達になりたい。
「開かれて」というのも重要で、それに近いような場所がもしあったとしても、あまり「開かれて」いない場合が多そうだ。あまりにも入りづらいお店だったり、あまりにも広報をしていなかったり、「常連」と「そうでない人」との垣根があまりにも高かったり、値段が高すぎたり、そもそも会員制かそれに準ずる状態だったり。夜学バーに「奨学制度」があるのも、高校生以下の人にはタダ同然で居てもらうことがあるのも、できるだけ「開かれて」いたいためなのだ。ホームページをなるべく頻繁に更新するのも。

「開(ひら)かれた状態で開(あ)いている」というのが、僕の描く夜学バー像の中核にある。だから、「しばらくは会員制にします」とか、「初めてのお客様は来店をお控えください」とかは、絶対に言いたくない。もちろん、全力で客を選ぶというのもこのお店の場合とても大切であって、「誰でもいらっしゃい」とも言わない。“考える”ということを介してその都度適切に交流(必ずしも会話や意思疎通を意味しない、すなわち、ただ黙って座っていることも読書に耽ることもすべて含む)することを(今すぐでなくとも)目指してくださる方々をお呼びしたい。そういうふうに絶妙な開き方をしていることが、独特の広く薄い「客層」なるものを日本全国にわたって作り、それによって「よそにない」お店となりたいわけである。
「よそにない」ゆえ代わりはなく、だから誰かがそれを求める時のために「(常に)開いている」必要がある。僕はそのように考えていたわけです。それが夜学バーの、そもそもの「開いている意味」。
 一応もうちょっと進めると、これは表面上「誰かのかけがえない求めに応じるため」というだけのことなんだけど、その「求め」にできるだけ多く応じることによって、世の中はほんの少しずつ良くなっていくだろう、と僕が信じている、ということです。「意義」というのを考える時、僕の場合、必ず「(主観的に=僕にとって)世の中がよくなる」という結果に結びつきます。

 で、緊急事態宣言下においてもこの「意義」は生きる、と当時の僕は考えた。このSF的非常時においても、夜学バーのような場所が「開かれた状態で開いている」というのは、きっとこの世の中をよくする、と。もし誰も来なくても、開いているだけでいい。提灯をぶら下げているだけでいい。「そういうお店」が、くじけずに、胸はって、ちょっとニヤつきながら営業していることが、「日本全国過去未来の広く薄い客層なるもの」を楽しませ、面白がらせ、多少は気持ちよくさせ、もしかしたら力づけるだろうと。まあ、しっごく単純に言えば、「そのほうが面白い」と思ったんですよね。「休業します」は本当に面白くない、と当時、心の底から思っていた。もちろん事情があれば泣きながらその選択をしただろうけど、僕には特段事情がなかった。

「はあー? もともと17時から開けてた店を20時で閉めるようにしただけでしょ? 何を大袈裟に言ってんの?」と思う人がもしもいたら、当時(4〜5月)の東京の様子を知らない(的確に想像できていない)か、忘れてしまっているのだと思う。僕は毎日(i氏担当の日以外)お店を開けていて記録もつけていたから、その頃の記憶はかなり濃い。
 よーく覚えている。ほんとに全然お客なんて来ないのに、誰も歩いていないような道を自転車で走って、たった3時間営業して、また同じように人のいない道をぐるぐる走り回って帰っていた。寄り道できるお店なんて全然なかった。仮に開いているお店があったとしても、外からは「閉まっている」ように見えた。「開かれて」いなかったのだ。
「17時から20時までだけ開ける」というようなお店は、他にほとんどなかった。個人営業の夜の酒場のほとんどは、昼営業にシフトするか、20時以降もこっそり営業するか(これは結構多かった!)、堂々とペースを変えずに夜中までやるか(これはかなり少なかった)、全日休業していた。そして、お客も本当に少なかったよ。3時間営業の頃のお客は、平均1名。近所の同業者や、なんとか少しでも営業利益を支えたいと思ってくださる方、どうしても外に出て人と話さなければ発狂してしまいそうな人など。0名の日ももちろんあった。コーヒーのテイクアウトを注文して挨拶だけしてお帰りになる方もいた。売上はほとんどなかった。
 新型コロナウィルスというものについても、まだ十分な知見がなく、どのように感染するのか、どうすれば防げるのか、かかったらどうなるのか、誰もよくわかっていない状態だった。毎日インターネットを追いかけて、最新の情報を参考に最善の判断を思案した。
 少ないとはいえお客はあるので、「感染リスク」はゼロではない。皆お互いにどこかヒヤヒヤしつつ、だけど今振り返ってもかけがえのない良い時間を持てたと思う。でもストレスは溜まっていく。疲労も蓄積する。3時間営業でお客も少ないのに、なぜか体力は奪われていった。

 だったら休業すればいいやんけ、と自分でも思ったが、しかしそれ以上に「意義」のことを考えていたのだ。話は戻る。


「休業」という選択は、「感染リスクの低減」「バッシング回避」「営業利益の確保」という三点を見事に、つまらないほどあっけなく満たす。しかし、「お店を開けておく意義」は満たせない。そこでバランスを考える。お店を開けるんだったら、できるだけ感染リスクを減らし、できるだけバッシングを回避し、できるだけお金を稼がなければならない。お金をちゃんと確保しておかないと、お店を維持していくことができないのだ。

「感染リスクの低減」については、お店の美意識や意義を損なわない範囲で、やれることはできるだけやったつもりである。
 ただ、ネット上には初めて書くけど夜学バーは飲食店などによくある「ビニールの膜」や「アクリル板」を今に至るまで一切使っていない。その代わりに距離と声量、顔の向きなどには気を遣い、真冬になっても常時換気している。それも「最新の情報」を勘考してバランスを取った結果である。ビニールやアクリルを使ったほうが感染リスクは下がるかもしれない。しかし、それによって別の大切なことが損なわれるなら、必ずしもそれを最優先はしない。
 ウィルスや飛沫、エアロゾルなどの性質からして、「距離」「声量」「顔の向き」「換気」などでリスクはかなり低減できるだろう。咳やくしゃみを想定するならビニールやアクリルがあったほうが無難だろうが、瞬時に息を止め薄目になって、そのまま外に出て、VBおしぼり(ウィルス殺すやつ)で顔や手などを一所懸命拭いて、しばらくして戻ればかなりの効果が見込めるはずだ。そこまではやれない状況であっても、できる限りの対策を事後に取ることは無意味ではない。
 そうまでしてなぜ、ビニールとアクリルを使わないのか。まず、あれらがカウンターに設置されていると、「場」を物理的に分断し固定させてしまう。それはこのお店を「一つの場(必ずしも皆が一つの話題を共有することを意味しない)」としておきたい僕は歓迎しない。また、視界がぼやけ、壁によって声が分散し、コミュニケーションが濁る。「表情」「目線」「声の大きさや方角」「ちょっとした息遣い」「わずかな身体の動き」などは、小さなお店にとって非常に重大な意味を持つ。それが的確に共有されないと場はなかなか美しくならず、結果夜学バーの夜学バーとしての魅力を削いでしまうことになる。そして何より、「ある雰囲気」を演出してしまう。
 たとえば、今はもうさすがに慣れてきたが、少なくとも僕は割と最近まで、あの仕切りを見ると「来ないほうがいいのかな」と感じてしまっていた。「このお店は感染リスクを下げることをかなり意識しているから、あまり来ないほうがいいだろう」と勝手に思ってしまっていたのだ。あるいは、「あまり話をしないほうがいいのだろうな」とも思うし、「早めに帰ろう」とも思ってしまう。「仕切りがあるから多少は声が大きくなってもいいし、けっこう長くいてもいいよな」とは思わない。(思う人もいるのだろうか?)
 僕は「無症状ないし潜伏期間中の人が、換気のいい場所で、通常の呼気やおとなしめの発声によって1メートル離れた相手に感染させることはまずない」と理解している。咳やくしゃみはしゃがみ込んでおしぼりや袖などで全面的に口をおさえるなどすればかなり防げる。そういった配慮のできる方だけがお店にいるなら、仕切りがなくとも感染リスクはあまり変わらないはず。(そうでない方がいらっしゃった場合、当然リスクは上がる。それは僕のナッジの敗北である。)

 夜学バーに訪れるお客が目に見えて増えたタイミングは明らかで、9月19日、GoToトラベルの東京発着分が解禁された瞬間である。そこから堰を切ったようにお客が来るようになった。それまではお客も少なかったし、毎日の感染者数も今ほど多くなかったため「お店にいる人がウィルスを持っている」という可能性も確率的にはまだかなり低かった。そういう意味でも「夜学バーに行く」というのはだいぶ勝率の高い賭けだった。しかしその9月下旬以降にお客が増え、11月からは毎日の感染者数も急増していき、「お店での感染可能性」も当然上がった。しかし夜学バーは騒がしいお店ではないし、僕もお店の美意識を損なわない範囲で可能な手はすべて打っていた。「賭け」としては依然として楽勝だったはずだ。
 実際、僕が「直接の知り合い」に感染を知ったのは、記憶の限り、夜の営業をお休みにして2週間ほど経った2021年の1月3日である。2020年を通じて僕は、「友人知人はまだ一人も感染していない(していたとしても知らない)」状態だったわけだ。しかもその唯一感染を知った人は10年近く会っていないくらいの関係で、もちろんお店に来たこともない。友人知人のかなり多いはずの僕にとってさえ、そのくらい「感染」は遠いものだった。そうそう「当たる」ものではない。だからみんなは気を抜いていったのに違いない。

 気を抜き始める前は、「バッシング」ということがあった。
 たとえば、僕が大好きで7〜8年くらい通っている某喫茶店は、緊急事態宣言時、SNSで複数の相手から連日「営業をやめろ」という旨のメッセージを受け取っていたという。昼のお店が、昼間に営業しているだけなのに。たしかに、お酒も出しているし、店主と客、また客と客とのコミュニケーションも平均的な喫茶店よりは多い。しかし「夜の店」ではないし、カラオケをするでもない。僕よりもちょっと年上の女性が一人で切り盛りする、若いお客も年配のお客もバランスよく訪れる名店だ。よく繁盛していて、たまに雑誌に載ったりもする。
 不思議なこともあるものだ。日常は「名店!」と思うようなお店が、非常時には「悪い店」にも見えるということなのだろうか。マスクや消毒、換気などの「対策」は行っていたが、それではどうも足りないらしい。
 夜学バーはあの頃、とにかく目立つのをやめた。まず画像付きのツイートを一切なくした(画像は刺激が強いのである)。毎日の「開店しました」ツイートもやめた。スケジュールはGoogleカレンダーとホームページに公開し、Twitterには「詳しくはホームページを参照」の旨だけ書いた。言いたいことはすべてホームページに記し、Twitterにはそのリンクだけを貼った。とにかく、内容のあることをSNSに書くべきではない、と思っていた。
 それはたぶん成功した。SNSを眺めている人にとって、夜学バーはほぼ意識から消えたと思う。夜学バーにとりわけ興味のある人だけがわざわざホームページを訪れて、そこに載っているスケジュールやめんどくさい長文を読んでくださった。ホームページを見ないと、やってるかやってないかすらよくわからないようにした。でもホームページさえ開けば、すぐに「開いている」ことがわかるようにした。それが当時の僕なりの「絶妙な開き方」だった。
 今のところ、バッシングはまったく受けていない。

 緊急事態宣言時は、「17時から20時まで」という営業時間にしていた。これは第一に「営業利益」のためである。20時までに時短すれば、都から「感染拡大防止協力金」としてまとまったお金がもらえたのだ。それに、時短要請に従わなかったとして「バッシング」を受けたくもない。こっそり営業する手もあったが、それも「バッシング」のタネになるし、あんまりカッコよくないのでやらなかった。ただ「20時以降はテイクアウトのみ」ということにして、20時以降に来たお客さんでも、テイクアウトのコーヒーを入れる時間だけはお店にいてもらえるようにはした。我ながらそれはいいバランスだったと思う。テイクアウトは時短要請の対象外だったのである。


 こうして「感染リスクの低減」「バッシング回避」「営業利益の確保」そして「お店を開けておく意義」のすべてを自分なりに満たし、緊急事態宣言下を乗り切った。そこから年末までは、ほぼ同じ姿勢を貫いたのみである。時短要請にはすべて従って協力金をもらいつつ、毎日必ず営業をする。感染リスクには気を遣いつつ美意識は譲らない。バッシングは必死に避けつつ、頃合いを見て画像ツイートや開店ツイートを復活させたり、従業員を増やしたり、文体を調整したり、あれこれ考えながらやっていた。ちょっとしたことでなんか言われる世の中なので、全方位に気をつけようとするとかなり大変なのだ。

(今さらですが、なぜそんなにバッシングを避けたいのかといえば、バッシングされると絶対に傷つくから。さみしい気持ちになるから。絶望的になるから。いいことなんかひとつもない。僕はこれからもずっと、誰からも叩かれずに生きていきたいです。)
(炎上商法というのに憧れがないわけじゃないけど、アンチを作って大きくなるよりは、アンチなんか誰もいないまま、仲良しだけを広げつづけてたんたんと楽しくやっていくほうが絶対いい。そのほうがきっと僕には合ってる。)

 9月下旬のGoToトラベル東京解禁からハロウィーン、クリスマス、年末年始と、人々はどんどん気を抜いていった。それはお店に立っていてもよくわかった。たとえば新しいお客さんが増えてくる。9月以前はかなり少なかったのである。しかも2名、3名、時には4名以上で連れ立って来る方も見られるようになった。「まあ大丈夫だろう」「問題なかろう」「お店の人も気にしないよね?」という空気が当たり前にあった。
 僕はもちろん「開かれた」場としてお店をやっているので、新しいお客がたくさん来るのは大歓迎である。それについては嬉しくてたまらない。4月から9月までの半年間は初めてのお客さんがかなり少なかったから、その反動もあって「ずっと気になっていたんですけど来られなくて」という方が多かったというのもあるのだろう。
 ただ前述した「ナッジの敗北」は多少、あったかもしれない。みんなが気を抜いていく速度に僕がついていけていなかったのだ。置いていかれた格好である。

 世の中がそのようになっていくと、「暗闇の中の提灯」ではなくなっていく。「きらめくネオン街の一部」となって、幸福な日常に埋もれ溶けていく。そうなると「お店を開けておく意義」のほうは相対的に薄まり、「感染リスクの低減」「バッシング回避」「営業利益の確保」という三点が気になってくる。
 このうち「バッシング」については、もうあまり気にすることもなくなっていた。ただやはり「感染者が出た」ということになればあまり良い印象は持たれないから、この問題は「感染リスクの低減」に一本化される。
 すでに書いたけど「感染リスクの低減」というのは、「お店」「お客」「社会」のすべてについての「低減」を言っている。11月に都内に感染が増えてきたと報道があり、それでも人々の気は抜けたままなので、この「感染リスク」はかなり高まった状態にあった、と僕は当時理解した。
 そうなると視野に入るのが「休業」である。緊急事態宣言中は、「お店を開けておく意義」を優先させて営業を続けたが、それが今やあんまり大きな意味を持たないとなってくると、「1年間がんばったしそろそろ休むかー」という気にもなってくる。

 11月22日の段階では、「12月31日までは毎日営業して、1月1日から2週間くらい休もう」と考えていた。2017〜19年度は文字通り「年中無休」で、年末年始のお休みは1日もとらなかった。だけど年始は例年ぜんぜんお客が来なかったので、「来年こそは休むぞ」と2020年の1月2日ごろもう誓っていたのである。正月休みをとること自体は、1年前から心に決めていた。
 11月28日から12月17日までの時短要請期間も、「17時または18時から22時まで」という形で営業した。12月15日、それが1月11日まで延長することが決定し、感染拡大防止協力金が追加でもう100万円いただけることになった。「営業利益の確保」というのも十全に満たされるわけだ。それを知った瞬間に、「もう明日からでもすぐ休もう」と思ったのだが、すでに営業の告知をしていた分だけはやろうと、22日で年内は終わりということに決めた。年始の再開は12日でもよかったのだが、みんなの気の抜けようを見るにそうそうおさまらないだろうと、ちょっと長めに16日からとした。
 後出しの形になってしまうが、時短がさらに長引くとか、22時までの制限が20時までに引き下げられることは予想していた。確信はなかったのでここ(HP)では言わなかったし、予想していたことを褒めてほしいとも思わないが、予想できるくらいみんな気を抜いていた。

 12月15日にここへ載せた「エッセイ」に僕はこう記した。

 今や、お店がやっていることなんて「当たり前」ということになっています。東京都で11月28日から始まった22時までの時短営業要請は1月11日まで続く予定ですが、今のところかなり多くのお店が営業しておりますし、たぶん今後も営業するでしょう。年末年始に例年とそうは変わらない日数のお休みをとりながら。飲食店に限らず企業などでもそうで、ここのところお客さんにたずねてみているのですが、「28日まで仕事ですね」とか「年明けは4日からですよ」という方がやはり多いのです。
 もし、夜学バーが年末年始に22時までの営業を毎日続けたとしても、それは誰にとってももう「日常」でしかありません。べつに進んで非日常にしたいわけではありませんし、日常はそれ自体すばらしいものだとも思います。ただ、現在あるこの「日常」はおそらく緊急事態宣言下よりも感染(拡大)リスクがやや高い日常です。いま喫茶店におりますが、大きな音で何度もくしゃみとせきをしている人がいます。マスクはしていませんし口を押さえている様子もありません。ずいぶん遠い席なので僕の方もさほど慌ててはいません。普通の日常というのはそういう日常でもあります。どうやら日常というのは一般、緊張感がないということでもあるようなのです。何も考えなくても生きていられるのが、日常というものらしいのです。

 みんなは日常が好きだ。なぜならば、日常とは「リラックスしていられる状態」を言うから。安定していること。変化が予想の範囲内におさまること。
 マスクや手洗いのような「新しい生活様式」はある程度定着しても、「日常」というのはそう簡単に新しくはならない。その人がどういう時にリラックスするか、どういう時に緊張から解き放たれるか、というのは、たぶんそうそう変えられないのである。
「ふだんマスクをしなかった人がマスクをするようになる」というのはできても、「ふだん大きな声で話していた人が小さな声で話すようになる」のは難しい。そういう違いだと思う。
 マスクは「習慣」でなんとかなる範疇なのである。たぶんそれが「生活様式」としての要件でもあるのだろう。ところが「声量」は「習慣」とはちょっと違う。「どの声量がその人にとって心地よいか」ということに深く関わってくる。「心地よさ」のコントロールは容易ではない。
「仲間と酒を飲む」ときに、どのくらいの身体的距離が心地よいかとか、どんな声量が心地よいかとか、要するにどんな「ノリ」が気持ちいいのか、というのは、なかなか変更が効かないのである。思うに、「飲み会」という習慣を我慢することはできても、「飲み会の時に密になって騒ぐ」というノリを我慢することは、たぶんよっぽど難しい。
(*1/6 19時追記 「歳をとると習慣は習性へと格上げされ、もはや変えることは出来ないんじゃないか」と友達がツイートしていた。彼は連休の家族旅行、クリスマスの外食、正月の初詣を例に挙げ、「ゾンビがショッピングモールに集まる的な」と喩えていた。なるほど。そういうのは理屈を超えて「くせ」になっているので、おいそれと変わるものではなさそう。「飲み会」が我慢できないのは、すでに習性にまで高まっているからなのかもしれない。)

 夜学バーはもともとおとなしいお店だし、「常連」概念を可能な限り排したいお店(「テキスト」ページの「『常連』という概念について」参照)なので、そういった問題はほとんどないと思うが、年末に近所のとあるバーに顔を出した時は心底ビックリした。大騒ぎだったのである。完全に「一昨年までのノリ」そのものだった。ビニール膜やアクリル板は設置されているが、人々は大声で密になって「ウェーイ!」。それが気持ちいいんだから、それで当たり前なのである。僕ァビールをガーっと飲んでニコニコ「良いお年を!」って颯爽と帰った。


 本格的に「感染リスクの低減」を目指すなら、この「ノリ」の調整がかなり重要になってくる。これまで自分が快適(コンフォート)に感じてきた「日常」は、いったんわきに置くか、柔軟に変化させられるようにしたほうがいい。それこそ「流動的な場」を標榜する夜学バーというお店の本領と言うべきものなので、お店としての今年の目標はそれである。そのためにも僕はちょっと休む必要があった。リフレッシュして、どうしたらそのような場を実現させられるか、じっくり考えるための脳の容量を開けておかねばならない。イメージとしては「デフラグ」である。
 この長い長い文章が書けているのも、今日までの2週間じっくり休んだおかげでもあるだろう。テレビ見て本読んで散歩して喫茶店行って、主には家でゴロゴロして過ごすゆったりした自由時間の中で、ゆっくりとデフラグは進行しこの1年間の記憶や思考が最適化され整理されていったのだと思う。(ところがこの文章自体は、ちっとも整理されておりませんね。悪しからず。)


 緊急事態宣言は明日7日に再び発されるらしい。11月末から新年にまたがった時短要請はすでに1月31日まで延び、8日以降は「5時から20時まで」となった(1/7追記:2月7日まで延長されることが確定)。夜学バーは1月16日以降、この範囲の中でちょびちょび営業しようと、今のところは思っている。いろいろバランスを見ながら、どのくらい、どの時間帯に、どのように営業しようかは変えていくし、告知の仕方も悩むと思う。場合によってはまったく何もやらないかもしれない。
 僕の関心事は依然として「お店を開けておく意義」にある。昨年の緊急事態宣言下において、このお店が毎日営業していたのには確かに大きな意味があった、と思う。また同じように「今こそ開けておくべきだな」と思ったら開けるし、「今はむしろ開けておかないほうがいいんじゃないか」と判断したら、むしろ開けない。あとはもちろん「どうしたら面白いか」。これから何日かでまたさらにいっぱい考えるつもり。(「テキスト」内「子どもの匂い/窓をあけておく」参照。)

 冒頭に書いたことを繰り返す。

 暗闇に提灯は希望をくれるが、まばゆく輝くネオン街の一部としてなら、幸福に埋もれて日常となる。砂漠にあってこそ水は救いだが、都市の日常の中で水は、幸福の土台となるインフラの一部としてある。

 お店というものは、都市の日常の中で当たり前に「開いている」。お店が当たり前に「開いていない」状況というのは、都市にとっては非日常といえる。

 夜学バーが目指すのは「よそにない」お店なので、暗闇においては提灯になりたいし、ネオン街においてはむしろ黒点となりたい。


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●エッセイ(2020/12/15火)

 夜学バーは2020年、元日から無休で営業しています。4月と5月の緊急事態宣言中も17時から20時までの時短営業で途切れることなくお店を開けていました。その頃の世の中は、まるでSFの世界にいるような非常識な雰囲気に充ち満ちていたものです。今だから言えますが(当時は言えないような雰囲気を感じていました)、緊張と孤独の中で毎日1人か2人くるかこないかのお客を待ち続け、恐る恐るいらっしゃった方と共犯者のように小さな声で世界の終わりみたいな現況について語り合った短い時間は「特別」で密かに愉しいものでした。
 4月以降の夜学バーの対応や僕(店主)の考えていたことなどはこちら(ジャーナル「第三期」内)にまとめております。力の限り勘考した上で、まず「開いているお店」として存在し続けること、そして今後も長きにわたって存在し続けることを優先してきました。その結果、「行政からの要請に応じて営業時間を適宜短縮して感染拡大防止協力金を満額受け取りつつ、毎日必ず営業をする」という形に落ち着いたわけです。そのまま無休で師走を迎えました。
 そんな自分でさえもう忘れつつあるのですが、緊急事態宣言下の東京では本当にお店というお店が戸を閉ざしていました。とりわけ個人経営の飲食店で、食事やお酒がメインでもなく、むしろ人との交流を魅力の中心に据えるタイプの夜のお店は、大部分がお休みしていたと記憶しています。当時はお店に通う前後に自転車で都内を走り回るのを習慣(というか趣味)としていたので決して間違った認識ではないでしょう。それでももちろん営業しているお店はいくつもあって、僕もたびたび忍び足で訪れていたものです。それはお互いに強烈な激励となったと確信します。こちらも非常に勇気づけられました。
 ひっそりと営業していた頃、いらっしゃるお客は本当にごくわずかでした。しかし、僕(ら)はそのわずかなお客さんたちのためだけにお店を開けていたのではありません。夜学バーを知っている人(そして、大げさに言えばいつか知る人)すべてに向けて、「営業している」という事実を示しておきたかったのです。それが暗闇の中の灯りになると信じておりました。後にその答えを少なからぬ人々から「ありがとう」という気持ちとともに伝えていただき、「ああ、やっぱりこれでよかったんだ」と安堵したのでした。
 世界のほとんどがSFのようである中、夜学バーの中だけはそれほどSFでもない「らしい」ぞと、思ってもらえるだけでたぶん少しはお役に立てたのでしょう。僕が個人でやっているホームページも取り乱すことなく(そりゃそうですが)平常通り運行していて、当時一度だけお会いしたことのあった方から掲示板で「このホームページは時間の流れが独立していて落ち着きます」と言っていただいたこともありました。その人とは今はとっても友達です。そういうのが孤高と呼ばれると僕は思うので、カッコつけてそういう存在であろうとしたわけです。
 それはしかしおそらく4月をピークとする話です。時が流れSFは薄れ、非常識は常識となり、非日常は日常となってきました。今はほとんどのお店が「営業」(もしくは「閉業」)を前提としてものを考えていることでしょう。終わっていくお店が数多ある一方、新規開店するお店もたくさんあります。発表される「感染者数」が全国的に増え続けている現在(2020/12/15)にあってさえ。
 そうなると、夜学バーが営業していることも「特別」ではありません。昨日も一昨日も、初めていらっしゃるお客がありました。最近は週に何名かはきっと新しいお客さんがあります。4月から5月にかけては覚えている限り2名のみだったのです。(「2名も」とも思えますが。)
 今や、お店がやっていることなんて「当たり前」ということになっています。東京都で11月28日から始まった22時までの時短営業要請は1月11日まで続く予定ですが、今のところかなり多くのお店が営業しておりますし、たぶん今後も営業するでしょう。年末年始に例年とそうは変わらない日数のお休みをとりながら。飲食店に限らず企業などでもそうで、ここのところお客さんにたずねてみているのですが、「28日まで仕事ですね」とか「年明けは4日からですよ」という方がやはり多いのです。
 もし、夜学バーが年末年始に22時までの営業を毎日続けたとしても、それは誰にとってももう「日常」でしかありません。べつに進んで非日常にしたいわけではありませんし、日常はそれ自体すばらしいものだとも思います。ただ、現在あるこの「日常」はおそらく緊急事態宣言下よりも感染(拡大)リスクがやや高い日常です。いま喫茶店におりますが、大きな音で何度もくしゃみとせきをしている人がいます。マスクはしていませんし口を押さえている様子もありません。ずいぶん遠い席なので僕の方もさほど慌ててはいません。普通の日常というのはそういう日常でもあります。どうやら日常というのは一般、緊張感がないということでもあるようなのです。何も考えなくても生きていられるのが、日常というものらしいのです。
 2017年の4月に夜学バーを開いてから、お店を閉めていた日は片手で数える程度です。2日以上続けてお休みしたことは一度もありません。夜学バーとここ4年間の僕にとって「休業する」ということは異常事態なのです。お客にとっても多少はそうでしょう。僕はとことん「開いている」お店にさせておきたくて、これまでの3年間は大晦日も三が日も意地のように休まずお店を開けていました。それが一種の安心感や「完全の頼もしさ」に繋がると信じていたからです。(もちろん今も信じています。)
 そういった連綿とつづく日常の魅力は、「年末年始に22時まで毎日営業する」ことによって維持できます。しかし、それと「年末年始に長期にわたって休業する」ということを秤にかけますと、僕はもう完全に後者を取りたくなっています。
 なぜかというに、僕の思い描く夜学バー像というのは、「考える」ということによって常に成立するようなものだからです。「年末年始に22時まで毎日営業する」は、夜学バーのことを知っていればいるほど、「まあジャッキーさん(僕)ならそうするだろうな」と予想できるようなものです。そう思う人も、そう思わせてしまう僕も、その時、特に何も考えていません。これまでの類推から、「そうするだろう」と、我も彼も、思うというだけです。
 4年も同じお店をやっていて、年中無休で運転していますと、「ある」のが当たり前ということになります。やっている側も、お客の側も、自然にそう感じます。そういうお店の魅力はもちろんあって、僕が足繁く通い心から愛するのはどちらかというとそういうお店が多いようにも思いますが、自分に向いているのはそっちではないのでしょう。「ない」という状況をたまに挟むことのほうが、たぶん向いています。至極単純に言ってしまえば、「みんなが休んでいる時に働き、みんなが働くであろう時に休む」という逆張りでしかないのですが、僕はそういうつむじ曲がりなやり口が本当に好きだし、たぶん向いているのです。そのほうが僕は面白いし、「考える」ということの質も高まるような気がします。
 また、「年末年始にいつもお店にいる」ということは、「年末年始にお店以外のところにいない」ということで、一年に一度の特別な時期にお店以外の場所で経験を積んだり見聞を広めたりということができない、ということ。詳しくはテキストページの「仕入れについて」という文章をお読みいただけると幸いですが、それだと僕の性質上、僕という人間の幅が狭くなり、小さくなり、つまらなくなってしまうと予想されます。その後の自分をより面白く、豊かなものとさせるためには、お店以外の場所にいることも僕にとって非常に大切なのです。
「澱ませず、流動的に」が夜学バーの重要なテーマで、その主たる手段が「考える」だし、あるいはたとえば「大した理由もなく同じことを続けない」だったりします。「大した理由もなく他人や他店と同じことをしない」でもあります。その他諸々。
 と、いうところまで考えたところで、僕がとっても大好きなお店が、年内で閉店してしまうことを知りました。残り2週間は、そこに通わなければなりませんので、正直言って自分のお店をやっているいとまがございません。スケジュールも体調も万全に整えてしっかとそのお店のおしまいを見届けなければ、今後50年は続く予定の僕の人生の質が大きく損なわれてしまいます。本当は年末まで営業して、年始から15日間休むということでもよかった(10月ごろから昨日まではそう考えていました)のですが、この年末をきっちりお休みすることが未来への最大の投資であると本件により確信しました。年始に休むこと自体は年始にもう決めていたので、それも動きません。
 あとは、もうとにかく、「くたびれた」ということに尽きます。心身の健康のためにもできるだけ休みます。これは胸を張って言いますが、2020年に東京で毎日お店を開け続けた人にしかわからないであろう「疲労の埃」というものがあるのです。孤独で、心細くて、不安で、怖くて。その中で極めて気丈に、カッコよく、立派で、かつ持続可能であろうと努めました。甲斐あって夜学バーはとりあえず続きますし、年末年始に3週間くらいお店を閉めても持続できるような状況にあります。そして何より、今のところ2020年の夜学バーはカッコ良かったと僕は思えます。ヤッター!(口癖)
 今年は本当にたくさんの喪失がありました。たくさん辛くて、悲しかったです。数えきれないさみしい出来事に記憶が満ちています。すべて個人的なことです。それらへの気持ちを僕なりに詩にすると、以上のような話になるのだと思います。


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【おまけ:2020年の緊急事態宣言ごろの日報】
 2020年1月19日から4月8日までの「日報」は、かつて冊子にして販売していました。そのPDFをこちらに置いておきますが、スマートホンだとたぶん読みづらいので印刷するかPC、タブレット等でお楽しみください。

 
PDF版
 html版

 いずれにせよ全文読むのは大変なので、4月ぶんだけ読むなどご自由に。PDF版は加筆・補筆・修正等がかなりあるのと、P49~51は4月9日~4月24日のダイジェスト(ジャーナル外からの引用あり)、P52は書き下ろしです。
 その続き(宣言発令後)はこちら
 あのころの雰囲気が少し思い出せると思います。


[資料:夜学バーの営業スタイルまとめ]
◎2020年
・1月1日(水)〜4月10日(金)
 →主に17時から終電くらいまで無休で営業
・4月11日(土)〜5月25日(月)
 →主に17時から20時まで無休で営業
 (※ここからしばらく夜の営業はjとiのみ)
・5月26日(火)〜6月11日(木)
 →主に17時から22時まで無休で営業
・6月12日(金)〜6月14日(日)
 →主に17時から24時まで無休で営業
・6月15日(月)〜6月18日(木)
 →主に19時から24時まで無休で営業
・6月19日(金)〜8月2日(日)
 →主に19時から25時前後くらいまで無休で営業
 (※8月からj、i以外の者も夜に登板)
・8月3日(月)〜9月15日(火)
 →主に17時または18時から22時まで無休で営業
・9月16日(水)〜11月27日(金)
 →主に17時または18時から終電くらいまで無休で営業
・11月28日(土)〜12月22日(火)
 →主に17時または18時から22時まで無休で営業
・12月23日(水)〜12月31日(木)
 →17時以降の営業なし(12月15日に告知)

◎2021年
・1月1日(金)〜1月15日(金)
 →17時以降の営業なし(前年12月15日に告知、ただし長めの正月休みをとることは11月22日までに本欄およびTwitterで予告)
・1月16日(土)〜2月7日(日)
 →週に3日前後、日中のみ営業。(各エッセイ、ジャーナル参照)


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【現在の体制について(2020/09/27日)】

 原則として、夜学バーのカウンター内に立つ従業員は一人です。曜日によってだいたい決まっていますが、わりとよく変動します。
 2020/11/21以降はひとまず下記の予定。

 月曜日 菫
 火曜日 夜の前半/k 後半/i
 水曜日 昼/さちあき 夜/尾崎(店主、Jacky)
 木曜日 f
 金曜日 尾崎
 土曜日 尾崎
 日曜日 尾崎

 その他、各人の事情によって変わるので、その都度のスケジュールをご参照ください。


●説明

「夜学バー」というお店、というか概念? を作ったのは僕(尾崎)なので、「原則として一人で営業する」というスタイルである以上、僕がカウンターに立っている時が最も夜学バーらしい夜学バーである、というのは間違いないはずですが、人手のある時期は僕のいる日が少なくなります。
 上の表の通りにいけば11月は僕の担当日が週3日ほどになる予定です。さらにあすか氏、かりん氏はじめ困った時に助けに来てくれるかつてのレギュラーも数人おり、用事のある日などにお願いしたりしているので、もっと少なくなるかも。非番の日でも時間があれば顔を出しておりますが、あまり居るのもよくないと思ってそう頻繁には居ません。

 小さなお店で、たった一人が中心にいて空間を作っていると、当然その人の「色」になります。僕の色とほかの人の色は違って、僕が普段からあれこれこのHP(ホームページ)などに書いていることは、僕の色です。するとほかの人がお店に立っている時は、「このHPに書いてあるような色」と微妙に違うことはままある、ということになります。
 で、僕は手伝ってくれているみんなに、同じような色を目指すようにはお願いしておりません。ただ、みんなこのお店が好きだから(超薄給で)やってくれているわけなので、「あなたが好きであるようなお店になるように」というニュアンスを伝えているつもりです。夜学バーというお店をどのような角度からどう理解して、どのようにそれを自分で演出するか、ということはそれぞれに委ねています。
 結果的に、それぞれがどういうお店づくりをしているか、というのは、行ってみないとわからないし、たぶん毎回変わっていくでしょう。お客サマ各位におかれましては、そのあたりを楽しんでいただけたら幸いですし、お客のあり方に応じてお店のほうだって変わっていくわけだから、ぜひ良き影響を与えるつもりでおいでくださいませ。

 僕がみんなに願うことがあるとしたら、「良いように変わりつづけること」という一言に尽きます。変えようなんて意識しなくても、同じになるなんてことは絶対にないから、そこに耳を澄ましつづけること。どうせ変わってしまうのだから、どうせなら良いように変わること。
 なんて書くと「良いとはなんだ?」という話になっていきますが、やはりそれはひとまず「良いとはなんだ? を自問し続けましょうね」という王道の答えにとどめておきます。一応、夜学バーというお店は今しっかりとあるわけだから、そのお店のすでに持っている良さ(自分が良いと思うところ)を損なわず、かつ、そこを伸ばしたり、あるいは自分が良いと思うことを付け足して行ったりする、という感じでしょうか。基本的に、そういうことができそうな人に手伝ってもらっています。

 いま夜学バーに立っている人たちはみんなすばらしい人たちばかりで、噛めば噛むほど味が出るだろうし、きっとこれからさらにいくらでも素敵になっていきます。夜の曜日レギュラーで入っているのは僕を除いて20歳から24歳くらいの男女です。このくらいの年頃の人たちが夜学バーのような空間を一人で管理するのは、甚大なる学びになると信じます。
 僕はこのお店を一種の教育機関として作り、続けているのですが、それはお客にとっても、従業員にとっても同じです。一つの空間をどう共有していくか、ということは、たぶん人の一生の本質中の本質。このお店にお客として来るということは、自分が何かを学ぶ可能性を持つのと同時に、目の前の従業員を育てるということでもあります。働く側から見ると、それが逆になるというだけです。従業員は自分が学びつつ、お客を教育(こう言うとものものしいですが、接している相手がより良くなる過程に加担する、というくらいの意味です)もします。僕も日々新しく学び続けています。
 今のところ、過去も含めて従業員たちはこのお店を通じてどうやらいろんなことを学んでくれて、少なくとも僕から見ればより素敵な人になっていると思いますし、お客さんたちもたぶん、いくらかそのようになっているでしょう。できるだけそうなるようにがんばります。

 小さなお店の中で、あるいはそこを通じて、何かが少しずつ良くなっている。(良いとは何かは置いといて。)それがこの街を、都市を、あるいは世界を美しくしていく、というビジョン。それを浪漫だと思ってやっています。よかったら、いろんな人の日にお越しください。「まだまだだな」と思うかもしれませんが、その人を育てるのはみんなです。

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