小林カモメ/夜学バーの従業者

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 こんにちは。小林カモメです。2025年2月よりカウンター内に一人で立っております。現在は高校3年生で、4月から都内の大学に進学する予定です。大学では短詩型表現(主に現代短歌)をお勉強しようと考えております。
 せっかく従業員ページを設けてもらっているので、自己紹介的なこともしようかと思います。

<夜学バーと出会うまで>
 静岡県沼津市で生まれました。これはなんと私の尊敬する歌人、上坂あゆ美さんと同じなのです!!
 ↑これが書きたかっただけで特に意味はないです。

 わたしの人生を構築している最大のピースはスポーツだと思います。年中の頃から硬式テニスを始めて、今までずっと続けております。現在18歳ですので、硬式テニス歴14年くらいになります。こうやってみてみると長い! 硬式テニスは選手コースとして真剣にやっていた時期もあり、小学生から中学生までは体育会の世界で育ってきました。高校3年生の春からは馴染みのテニスショップでバイトし始めて、今年の2月からは通ってたテニススクールでコーチバイトもしております。硬式テニスの延長として高校2年生くらいからビーチテニスもやっております。
 いろんなことに興味を持ってとりあえずやってみるような好奇心旺盛人間だったのが、高校に入学し仲良くなった周りの人間や個性的な教員によってさらにそれが加速し、さまざまな文化的営みを積極的に行うようになります。高校在学中に現代短歌、フィルムカメラ、銭湯巡り、雑誌制作(夜学バーにおいてあるのでぜひ読んでください!)などにハマる。

<小林カモメと夜学バー>
 夜学バーのことは高校3年生になる少し前くらいから知っていましたが、なかなか腰を上げられず、行こう行こう状態になっていました。そんな私でしたが、高校3年生の春学期に大学の授業を聴講できる制度を使って社会学の授業を受けたところ、その授業の中で先生が言った「いろんな場所に行って知らない人と話して、常に生活の足場を増やしなさい」という言葉に非常に共感して、このまま夜学バーに行かず終いになってしまってはまずいと思い、ついに湯島に向かうことを決心しました。
 夜学バーに初めて行ったのは2024年8月8日でした。実際にジャッキーさんに「ここで働かせてください!」をしたのは9月20日だったので、初回から1ヶ月ちょっとしか経っていません。その1.4ヶ月くらいの間に5回くらいは行って、たくさん話をして、夜学バーという場所が好きになっていきました。夜学バーには頭のいい大人がいて、高校生の自分を必ず1人の人間として対等に扱ってくれる場所があるという安心感が心地よかったです。5回行ったうちの4回は他にお客さんがおらず、3、4時間ほどずっと2人きりでお話しできる環境だったのが非常に幸運だったと思います。
 他にも、ジャッキーさんの距離感の掴み方や話の間合いなどが上手すぎるのはもちろんですが、他の従業員の方々も私と全然歳が離れていないのに「夜学バー」の従業員として夜学バーと共に成長しようとしている姿に、自分もここで「場」を作る側にならなければいけないと思いました。これは冗談抜きでこう思っていて、何か同級生と違うこと、自分から掴まないと獲得できないことをやらないと、という焦燥感に駆られていました。

 夜学バーは日によって本当に別々の顔を見せると思っています。むしろそうじゃないとおかしいはず。だからといってそれが悪いとか良いとかの話では全くなく、夜学バーの根底は全員で共有しながらもまた一味違う夜学バーを生み出していると思います。
 まだまだ未熟者で学ぶことばかりですが、どうにか頑張っておりますので普段はカモメ以外の日に来ている方々にも、ぜひ一度、二度、三度と私の日に足を運んでいただいて、小林カモメがどんなやつか確かめに来てください。 どなたでもお待ちしております。
(2025/02/25)

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Txitter

《店主より》
「いろんな場所に行って知らない人と話して、常に生活の足場を増やしなさい」という言葉は非常によいですね。夜学バーがめざしているのは「いつ行っても知らない人と話せる(可能性が高い)」ような場所。つまり、「夜学バーという足場を一つ確保しておけば、効率よくいろんな人と話せる」という欲張りな空間でありたいということ。僕自身もお店を続ける最大のモチベーションはそれです。《常連という概念の撤廃》は、この理想を実現するための工夫の一つ。「日によって本当に別々の顔を見せる」ために必要なこと。
 もちろん同じ人と顔を合わせたとしても、毎回同じような話というのでなければお互いに新鮮なもの。そうであるために別の場所にも足を向けたり、たくさんの人と話したり、本を読んだりします。新鮮さを保つために。いつも同じ話しかしない人間にならないために。一方で「定番のノリやエピソードトーク」みたいなのも好きだったりします、「待ってました!」的な。そのへんは緩急とバランスで。
 この観点からすると、カモメ氏が最初に通ってくれた5回のうち4回が「店主とサシ」だったらしいというのは、どうなんでしょう? こちらとしては「もっといろんなお客さんと話してみてほしいなあ」と申し訳なく思っていたはずなのですが、彼が「非常に幸運」と捉えてくれているのはありがたい。確かに、合計10時間以上?差し向かいで話したということは、僕の考え方やお店のあり方、あるいは相性みたいなことはよく伝わったのでしょう。こちらも彼のことをよく知ることができました。
 それにしても5分の4(80%)が一人きりだったというのは実にすごい。さすがにそこまでお客の少ないお店ではないし、「自分が来るときはいつもお客がいっぱいで」という声もよく聞きます。一方で「いつも自分だけだな」と思っている人がいるとしたら、おそらくナチュラルに「逆張り」しているのです。多くの人とは逆の選択を無意識にとっているということで、ちょっと特殊で孤独な人だってことなのかも。いや単にきっと偶然なんですけれどもそう思ってしまうくらい不思議な現象ではあります。
 ともあれ夜学バーは「他に人がいても、いなくても面白い」ということでなければならないと思っております。醍醐味はもちろん「複数の人と場を共有する」ことなのですが、差し向かいの時間に育まれるもの生まれるものも莫大で、貴重。

「このまま夜学バーに行かず終いになってしまってはまずいと思い」「自分から掴まないと獲得できないことをやらないと、という焦燥感に駆られて」というのは実に彼らしいところだし、夜学バーに通底する精神でもあります。
「一歩踏み込む」ということには勇気と、度胸と、覚悟が要ります。初めてお店の扉を開ける時でもそうだし、会話に入っていく瞬間もそう。ずっと黙って座っていることも選べる一方で、「自分はこう思う」とか「ここが気になるので教えてほしい」と表明することもできる。それは公園で遊んでいる人たちに「入れて」と申し出ることに似ていて、言い方や態度などによっては「だーめ」と断られてしまうことだってある。必ずしも受け入れてもらえるわけではないからこそ、勇気、度胸、覚悟といったエネルギーが必要になる。
 それを踏まえて夜学バーがめざすのは、必要とされる勇気、度胸、覚悟をできる限り小さくすること。
 いわゆる「常連」で固まった、既存の人間関係に閉じた内輪話に終始している状態の場に入っていくことは容易ではなく、そうとう巨大な勇気、度胸、覚悟が必要となります。そのわりに大した成果は出ないか、かなり先になるでしょう。そうではなくて、ほんのわずかな勇気、度胸、覚悟だけをもって、たった一歩を小さく踏み出すだけで即座に大きな楽しみ、面白みが訪れるような環境づくりを、この夜学バーはめざしているというわけです。
 そのための工夫は実のところ色々あって、僕が従業員たちに教えている具体的なことは主にこのあたり。いったいどういうことなのか? 少しでも気になってくださったら、ほんのわずかな勇気と度胸と覚悟を握りしめて、ぜひご来店ください。ほんのわずかでいいはずです。ものすごく巨大なものを要求されるようだったら、それはこちらが失敗しているのです。ちなみにこのような長い文章を書いているのもその負担を軽減させるため、のつもりなのですが、果たして成功しているのでしょうか……。「むしろ怖い」と思われて失敗することも多いような気はしています。精進。店主は朗らかで優しい人物です(これも逆効果?)。
 カモメ氏は若くしてその一歩を、何度も踏み込んでくれた人。大きな感謝と感嘆を捧げます。
(2025/03/01)


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