○喫茶店として
年に500回くらい喫茶店に行きます。喫茶店にはすべてが詰まっているといつも思います。たとえば時間。モーニングに始まり、ランチ、おやつと憩いの時間、ディナーときて、さらに遅くまで営業することもできます。「深夜喫茶」なんて言葉まであります。お酒を出しているお店もあります。24時間のすべてが「喫茶店」のなかにすっぽり入ります。
喫茶店は明治時代に生まれたといいます。もはや伝統文化。古い古い喫茶店に入ると、何十年という時間が「空気」として息づいている、なんて気持ちになることがあります。吸い込むとなんともいえない幸福な気分になります。
喫茶店にはそれぞれ個性があります。開店当初はひょっとしたら、いわゆる「どこにでもある」ようなありふれたお店だった、のかもしれません。しかし何年、何十年という時を経るなかで、お店の人たちやお客さんたちの手垢が、想いが、すなわち時間が、住み着いて必ず独自の存在となります。入店した瞬間に、そのすべての時間がドワッと一気に、自分に降りかかってくるような気がします。それが真に心地よく、素敵だと思えるようなとき、胸の奥から詩情があふれてきて、こちらの吐く息さえも美しいような感覚になります。あらゆるものが五感にキラキラときて、昂奮が抑えられませんが、何事もないような顔をしてコーヒーか何かを飲んで、次第に落ち着き、十五分もするとまるで何十年も前から自分はそこに通っているのではないかという錯覚を楽しんだりできるようになります。
喫茶店のなかにはすべてが詰まっている、と僕は思います。それはすなわち「時間」だと思います。古いから素晴らしい、ということではなくて、そこに時間があるから素晴らしいのだと思っています。膨大な記憶を持った空間、それを具体的に知ることは難しい。だけど欠けた食器や壁のしみ、お手拭きの匂い、しゃれた調度品、コーヒーの味、ストローの置き方、あらゆるものが何かを物語っています。時間がささやいてくるのです。
「仲良くしてね」と僕には聞こえます。
このお店の最大のテーマは「時間」です。これまで通ってきたさまざまな、大好きな喫茶店やバーなどを参考にして、メニューや食器、調度品などを自分なりに一所懸命考えました。できるだけ自分の好きな「時間」が宿るように。派手なものではありません。象徴的なこととして、クリームソーダは出さないことにしました(湯島の本店では出しています)。
週に一度の間借り営業で毎回アイスやチェリーを提供するのは大変だから、というのもありますが、よく考えたら僕のよく通う喫茶店のほとんどはクリームソーダを出していません。喫茶店にはあらゆるものが詰まっていますが、一つの喫茶店にあらゆるものが詰まっている必要はもちろんありません。だから喫茶店はめちゃくちゃたくさんあるのでしょう。
僕なりに「どういう喫茶店が好きか」ということを煮詰めていったら、かなり簡素なほうに落ち着きました。いろいろな喫茶店が好きではありますが、自分がやるなら、ということで今回は。
使うもの、置くものなどに関しては、四十数年営業した湯島の喫茶店や、八十数年営業した墨田区の喫茶店などから譲り受けたものや、好きなお店と同じもの、似たものを中心に、自分がよいと思えるもの、僕にとって思い入れのあるものばかりを使います。本当は、祖母が長野県でやっていた喫茶店のものを使いたいのですが、もうほとんど失われてしまったそうです。だからこそさまざまなことに執着してしまうのかも。
築90年(2022年現在)の古民家に恥じないような空間にできたらと思っております。
ところで、喫茶店は全国どこに行ってもあります。ただし土地によって「喫茶店とはどういうものか」は変わります。その微妙な差異から風土や歴史が見えてくるような気がします。僕はかの喫茶大国、愛知県名古屋市の出身ですので、その味わいがメインになっていると思います。いろいろこだわってみますので、ぜひともよろしくお願いいたします。
○お酒の場として
喫茶店について大変熱心に書きましたが、屋号は「夜学バー」で、
本店は湯島(上野)にあります。お酒を出すお店です。こちらの京島店こと「喫茶 夜学バー」でもお酒を提供します。
ただ、週一の間借りという特性上、たくさんの種類のお酒を自在に、ということは難しいので、メニューをかなり絞ることにしました。ここでもテーマは「時間」で、古くさいメニューを中心にします。目玉は「オールドボトル」。たとえば30~50年くらい前のサントリーのスピリッツ(ジン、ウオツカなど)を使ってみます。希少品ゆえ少々お値段しますが、本店と違って木戸銭(チャージ、席料)はありませんし、古流に則り(?)少し多めに注ぎますのでお許しを。現行品のビールや焼酎、ウィスキーなどは比較的安価でご用意しますが、安い居酒屋よりは高くなってしまいます。それなりにこだわったものにはしますのでご理解くださいませ。
また、本店が「バー」であり、喫茶店でありつつ「お酒を飲む場」でもあるという関係上、接客(お客さんとの接し方)に関しては「喫茶店っぽさとバーっぽさの中間」くらいになります。小さな喫茶店だと「寒いねえ」なんて声をかけられたりすることはよくありますし、カウンターでいわゆる「常連さん」がお店の人と長話する、という光景もありがち。そういうことは当然発生するでしょう。一方で「馴れ合い」にはならないようにしたいとも思っています。喫茶店というのは「近所の人のたまり場」となるのが通例ですが、「喫茶 夜学バー」は、近所の人もいれば、なんだなんだとやってきた遠くの人もいるようにしたいものです。
詳しくは本店のホームページ(読みもの「常連という概念について」など)をご参照くださると幸いですが、夜学バーの基本姿勢は「常連という概念の否定」で、初めて来た人と、よく来る人との差をできるだけなくしたく存じます。よく来るからという「だけ」で優遇することはないですし、初めて来た人がカウンターに座って堂々としている、ということも何も問題ありません(当たり前のことではありますが、それを問題に思って遠慮してしまうお客さんはいると思うので念のため)。もちろん、いい人に対してはいい顔をしますし、いやだと思う人に対してはいやな顔をするかもしれません。注意すべきと思うことは注意します。
あるいは、僕の「友達」が来ることもあるでしょうが、その人と「初めて来た知らない人」とが、できるだけフラットに、同じ立場でお店の中にいることができればいいなと思っています。カウンターでもテーブル席でも、黙っててもいいし誰かと何かを喋ってもいい。そこは誰にとっても自由で、ただ「その場にいる誰もがいやな気分にならないこと」だけを大事にしたいです。大声で下品なことを叫ぶ人がいたら友達でも恩師でもお説教します。(そういう人が友達とか恩師だったらいやだなあ。)
○場所について
「adlive(アドリブ)」という場所を借りています。
(
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木造で築90年(2022年時点)とのこと。
散歩中、たまたま現地の貼り紙を見て申し込みました。
〒131-0046 東京都墨田区京島3-13-6 長い長屋の真ん中あたり